名人戦契約問題についていろいろ(41)

7月28日の名人戦契約問題についていろいろ(40)に記述を追加しました。

羽生善治三冠の発言があって情勢が変わった感がありますが、こういうまとめを書いているので、自分としての感想を表決前に書いておいた方がいいかなと思います。

例えば、こんな記事がありました。

棋士の声は「お金さえあれば何でもしていいのか。朝日が手放したとき、王将戦を持っていた毎日が名人戦も引き受けてくれた恩を忘れてはいけない」という信義派と、「このまま行けば連盟の赤字がかさみ、すなわちわれわれ棋士の収入に跳ね返る。背に腹は代えられない」という実利派に分かれる。

しかし、私は「信義かカネか」という見方は正しくないと考えています。朝日新聞社の提案では、名人戦主催のかわりに朝日オープンがなくなるということになっていました。これは長期的には日本将棋連盟の収入が減少することを意味します。つまり、朝日を選べば「カネ」になるという認識自体に疑問を感じたということです。どうしても目先の予算がほしいということであれば話は違うのですが、公開されている情報を見る限りはそこまで逼迫しているわけではないでしょう。

朝日新聞社の提案の方が金銭的に得になるためには、毎日新聞社名人戦を手放すかわりに王将戦を拡充するとか新棋戦を立ち上げるなどの追加的な条件が必要になります。4月17日の名人戦契約問題についていろいろ(5)で紹介した記事にある中原誠永世十段の発言を見ると、実際に理事会側はそのような方向性を目論んでいたのかもしれないと思わされます。しかし、毎日新聞社の側に「信義よりも損得を重視するのでしょうか」と反応された時点で無理な話になっていたことは明白です。

日本将棋連盟理事会側が毎日新聞社のそうした反応を当初から予期していたかどうかはわかりません。毎日新聞社に事前の連絡なく突然契約解消の意向を通知するやり方が「信義」に反するという認識が事前にあったかどうかも不明です。しかし、理事会側がどう考えていたかにかかわらず、毎日新聞社に「信義に反する」と思われた時点ですでにだめだったということになるのではないでしょうか。すなわち、「カネ」は「信義」なしには入ってこないということです。

30年前は違ったのかもしれません。そのときは契約金額が大幅増加することは両者とも合意しており、その増加幅を何倍にするかでもめたのでした。現在は契約金額が何倍にもなることは到底望めない状況です。それは新聞社にとっての将棋の価値にかげりがあることによるもので、将棋の地位低下を反映しています。そんな現状で、日本将棋連盟にとって相手の怒りを買ってまで強引に交渉を進める力は持ち得ないということでしょう。

今回の数少ない収穫の一つは、毎日新聞社朝日新聞社も将棋の名人戦の価値を高く評価していることが確認されたことです。これは日本将棋連盟にとってプラスの材料です。私は名人戦主催社が交代すること自体はあっても良いと考えますが、現在の主催社を出し抜くようなことをして最後まで押し通す力は日本将棋連盟は持っていませんし、結果がどうなるにせよ今回のようなやり方はマイナスでしかなかったと考えています。「信義」も「カネ」も、両方とも満足させられるようなやり方があったのではないでしょうか。

最後にここまでのエントリへのリンクをまとめておきます。こんなに継続して書くことになるとは思いませんでした。