女流棋士独立問題 羽生善治三冠「分裂は良くない」など

3月16日の記者会見についての記事(3月17日付)

3月16日にお伝えした「女流棋士 分裂の危機」などの件について、3月17日にも記事が出ました。

女流棋士新法人設立準備委員会が3月16日に行った会合に女流棋士27名(26名という記事も)および男性棋士16名が参加したと報じられていましたが、スポーツ報知の記事によるとそのうちの1人は羽生善治三冠だったということです。

羽生善治3冠ら男性棋士から「分裂は将棋界にとっても良くない」などの意見が出された。

言うまでもなく分裂はよくないですね。ただ、準備委員会側は分裂を避けて独立したいという意向を示していますが、日本将棋連盟理事会と残留希望の女流棋士は分裂もやむなしという姿勢のようです。なお、大矢順正氏によれば、会合にはほかに森内俊之名人と郷田真隆九段も出席していたとのことです。

ところで、話がずれますが大矢氏の「独立も地獄、残留も地獄」という表現はたしかにそうだと感じました。独立が残留がという以前に、人数が減るということ自体が大きなハンディということがありますし。

次に、朝日新聞の3月17日付記事には他社の記事にない情報がいくつか書かれています。

ところが、連盟は今年1月、「女流の中に処遇の不満、男女差別などを公言する方がいるのは残念」などとする文書を女流に発送。これに対し、錦織弁護士が連盟の西村一義専務理事(九段)に抗議した。

西村理事は中井委員長の兄弟子。「一門で親子のような関係だった中井の代理人がなぜ私をどなりつけるのか。我々の世界と違うと強く感じた」

準備委が2月、寄付金を募り始めると、連盟側は「同じパイの取り合いになる恐れがある」と遺憾の意を表明した。

引用した部分のはじめにある「文書」は準備委員会と米長邦雄永世棋聖が次のように書いているものを指しているものと思われます。この内容の一部が明らかになったのはこれが初めてのことだと思います。

ただ,途中,第2回正式協議(2007年1月11日実施)後、何の前触れもなく,理事会名義で全女流棋士に対し,事実誤認に基づいた文書が送付されたため,準備委員会がもともと予定していた女流棋士に対する第1回説明会を中止せざるをえない事態なども生じましたが,

そこで1月17日に女流棋士全員に「お知らせ」を出しました。理事会名です。この時点では、理事会の傘下に女流棋士がいると思っていたのです。勿論今でもそうですけど。

叱りつけられました。米長邦雄中原誠西村一義の三名が顧問弁護士・木村晋介先生を伴って、中井広恵委員長に頭を下げ、改めて文章を直して提出しました。ゴメンなさい。

この文書が発送される前から日本将棋連盟理事会の独立に対する態度の冷淡さは感じられましたが、これをきっかけに分裂の方向に明確に動き出したというのが私の印象です。

引用した2つ目の段落については、3月10日付のスポーツ報知の将棋連盟に文書撤回の要請書提出…女流棋士独立問題にあった「中原副会長は『外部の人や将棋界を分からない人、弁護士を前面に立て、親心の気持ちでいたいのに仲間内の話じゃなくなった』とし、女流棋士の分裂もやむを得ない見解を示した」というコメントと呼応しており、どういう感覚でいるのかが少しずつわかってきた感じがします。どなるというのがどのようなものだったのか不明ですが、たとえそれが悪いことであるとしても理由に親子関係だとかが出て来るのはたしかに将棋界の感覚だという気がします。ただよくわからないのは、弁護士の錦織淳氏と宮坂幸子氏は準備委員紹介にあるとおり女流棋士新法人設立準備委員会の委員を正式に務めており中井広恵女流六段の「代理人」ではないような気がするのですが、そのような自称があったのかもしくはそのあたりが「我々の世界と違う」というコメントにつながってくるのかもしれません。ただ、日本将棋連盟の理事であれば外部の人と関わることは主要な仕事の一部ですから、内部の論理を理解していない人とはわかりあえないという態度では困るのではないでしょうか。というか、実際に困ったことになっているのですが。施策面での考え方の違いが原因で対立が起きるならまだわかるのですが、それ以前のところでもめているという内容のコメントばかりなのはどうかと思います。「我々の世界と違う」という感覚は、当然ながら「我々の世界」で共有されるものですから、外部への説明でそういう話をしてしまうというのはこころもとなく思えます。

引用した部分の3つ目の段落の「連盟側は『同じパイの取り合いになる恐れがある』と遺憾の意を表明した」ですが、これに相当する公式発表はこれまでなく、また新聞記事などでも類似の表現は見た記憶がありませんので、いつ表明されたコメントなのかという点が気になるところです。コメントそのものについては、寄付に応じた人がそっくりその分だけ日本将棋連盟への支出を減らすということはあまりないように私は思うので(例えば、1万円寄付してお金がないから将棋世界を買うのをやめますということにはならないように思います)、パイの大きさは増える結果になるのではないかと感じるのですが、取り合いという意味では別団体ですから独立すれば必然的にそうなるということではあります。いずれにしても、協力関係があるなら特に問題になりませんし、そうならないならそのこと自体が問題だという話になりそうな気がします。結局、どうして対立しているんでしょうかというところに帰着するわけですね。

古河彩子女流二段の更新

残留希望の記者会見に出席した古河彩子女流二段が、3月18日に自身のページで更新を行いました。

まだ文章は途中で次の更新は25日ごろとのことですが、早くも22日には日本将棋連盟理事会の送付した文書の回答期限になってしまうこともあり、このペースだと全部書き終わる頃にはすでに決着がついているような気がしないでもありません。内容を吟味することももちろん必要ではあるのですけども*2。とりあえずここまでで書ける範囲で感想を書きます。

私が最初に知りたかったのは記者会見でどんな一問一答があったのかという点なのですが、それについては特に言及はありませんでした。もう一つ知りたいのは日本将棋連盟に残留した後の展望です。こちらについては、非常に不十分ながらも言及が何箇所かありました。

まず、古河女流二段は残留の意志の固さを強調します。

個人的に私の将棋連盟残留の意志は固く、米長会長に「独立しろ」と言われても素直に従うつもりはなく、「女流棋士は将棋連盟の中にあるべき」と説得しようとするでしょう。女流棋士間では、臨時総会で「独立案を作ってみよう」ということになったので、独立したい女流棋士達が納得のいく独立案を作ってから議論すれば良いと思っていました。

ただ、「説得」が可能かどうかはこれまでの経緯を見ていると疑問を感じます。そのための話し合いの場を設けるところからして怪しいように思います。ただ、「女流棋士は将棋連盟の中にあるべき」という考えは、同じ残留希望の斎田晴子倉敷藤花の「(独立の)進め方に疑問がある」とか、谷川治恵女流四段の「独立に反対なのではなく」というコメントと比べると違いを感じます。

感情的なことは抜きにしたいので、まずは石橋幸緒さんのブログにある米長会長の発言を乗り超えてしまいたいと思います。

ブログの内容の背景や真偽は、私は正確に知ることはできません。しかし、中井さんと石橋さんがその出来事でさぞ心が傷つき怒ったことを感じて、心中をお察しいたします。

ところで、2006年3月8日は中井さんと石橋さんは女流棋士会役員ではなく、設立準備委員でもなく、その前身の制度委員でもありませんでした。正式な通達であれば、担当理事から女流棋士会役員会へ連絡があるはずです。

また、女流将棋界は米長会長の私物ではありません。「米長会長がこう言ったから」という話は冷静に女流棋士のことを考える上で、省かせていただきたいと思います。

これはどうかと思います。まず、女流棋士は将棋連盟の中にあるべき」という立場であるならば、日本将棋連盟会長をはじめとする執行部の考えを抜きにして話を進めることはできません。どういう理想を述べるとしても、それが相反するものであれば実現困難だということです。

次に、ごきげん・DE・ブログ あれから〜2006年3月8日13時 米長会長の発言。で記述された米長邦雄永世棋聖の発言内容を真偽不明とか非公式なものであるとしたとしても、米長永世棋聖がそこに書かれたような考え方の持ち主である可能性が一定以上あることを認める以上は「乗り超え」ることはできておらず、単にわきに置いているだけになっていると思います。米長永世棋聖の文章や発言でそれを正面から否定したものは現在のところありませんので、もし確証があるならばそれを知りたいところです。もしそれがない場合には、発言が取りだたされる状況に区切りをつける方法は2つあると思います。1つ目は、米長永世棋聖にそれを直接確かめて文書の形で記録を残しておくことです。たとえあのような発言があったとしても、現在の考えは違うということであれば一応は安心してその先の話に移ることができます。2つ目については後述します。

さて、ごきげん・DE・ブログ あれから〜2006年3月8日13時 米長会長の発言。以外にも米長永世棋聖の発言はいろいろあります。例えば、つれづれこらむ - 原点に返ってによれば2006年3月30日付の「女流棋士会役員会便り」の中で米長永世棋聖女流棋士の独立を勧告したという記述が出ています。これは役員会が確かめたということですから、ほとんど正式な意思表示と言えるでしょう。「正式な通達」ではないのかもしれませんが、本当に正式であればすでに事実上の決着が付いた後かもしれませんので、それが来るまで待つというのはさすがに悠長すぎます。米長永世棋聖は「質問、疑問は受け付けない」という姿勢のこともあるわけですから、具体的にどのようにするかを示さずに「説得しようとするでしょう」とだけ書かれても、それは可能なのだろうかと感じてしまいます。「説得しようとするでしょう」ということはまだ「説得」を実行に移していないと読めますが、日本将棋連盟理事会は独立を希望する女流棋士が独立することを一貫して認めています。「女流棋士は将棋連盟の中にあるべき」という考えであれば、早急に日本将棋連盟理事会を説得する段取りを始めるべきだという結論になりそうです。

最後に、女流棋士の待遇については次のように書かれています。

それでは、待遇や立場に不満はないのか?現時点では、現状に納得して受け入れているとだけ申し上げ、理由は後述いたします。同情していただくほど酷い待遇ではないですよ(笑)。

女流棋士会役員会が女流棋士の貢献度に対して将棋連盟の評価が低い」としているのとは異なる意見となっています。瀬川晶司四段の編入時や名人戦問題のときなど、フリークラスの男性棋士は思われているより収入が低くて大変だという話が出ていましたが、女流棋士はフリークラス棋士よりもさらに3分の1以下の収入と推定されるので、同情されるのは不思議ではないという感覚があります。ただ、これは自身や同僚の仕事ぶりに対する古河女流二段の評価が関連してくるため、必ずしもその通りではないということなのかもしれません。その点については「後述」とのことですので次回更新を待ちたいと思います。ただ、もしひどくもなくまだ余裕があるのであれば財政難なので切り下げましょうという話になるかもしれません。ごきげん・DE・ブログ あれから〜2006年3月8日13時 米長会長の発言。に書かれたようなことを受け入れるのも、2つ目の方法としては可能といえば可能です。そういう選択肢も可能性としては考えられるということになるのでしょう。

残留希望の女流棋士が予期するように仮に独立と残留で女流棋士が分裂するとき、もし独立した新団体の見通しが暗いと想定するならば、女流棋士という存在の未来は残留する女流棋士の肩にかかってくることになります。残留希望の女流棋士は、そのような気概を持って問題解決に取り組んでほしいと願います。

文学的なエントリ

この話題に関連しているとは書かれていませんが、いろいろな意味でじんわりくるエントリでした。

*1:この日記に残留希望の女流棋士13名の記者会見の模様を撮影した写真が掲載されていましたが、古河彩子女流二段の女流棋士について(2007.3.18)によると女流棋士3名の依頼により削除となったとのことです。「理由は若手女流棋士への風当たりを心配したからです」だそうです。

*2:瀬川晶司四段の編入を認めるかどうか議論になっているときに、真田圭一七段が「プロ制度(全10回)」の文章を連載したものの、完結したのは棋士総会が終わった後だったことを思い出しました。時機を逃さなければもっと多くの人に読まれるだけの濃い内容の文書だったと思うだけに、残念に感じたものです。