「棋譜に著作物性なし」を多数説としてよいのでは

の続きという形です。その後の状況として、

  • 2007年6月の『知的財産法講義II 第2版 著作権法・意匠法』(渋谷達紀著)の発行以降、私の知る範囲で、棋譜の著作物性に否定的な見解を表明した法学者・弁護士が増え続けている。
  • それに対して、肯定的な見解は最近は新たに見つからなくなっているだけでなく、肯定的見解のある文献でもっとも有名な『著作権法逐条講義 五訂新版』(加戸守行著)は、次の版が出る様子がなく、記述が変更されるかどうか見極められない可能性が出ている。

という2点をふまえ、今後は、棋譜には著作物性がないという主張が多数説であるという立場にたつことにしたいと思います。

下記に、新たな専門家の見解をまとめます。なるべく時系列順のつもりですが、時間がたっているためそうなっていない部分もあるかもしれません。

『全訂版 著作権が明快になる10章』

全訂版 著作権が明快になる10章』(吉田大輔著、出版ニュース社、2009年9月30日発行)の38ページに[ゲームと著作権]という項目があり、その中に次のような記述があります。

なお、ルールの問題とは別にゲームの記録、例えば、将棋や囲碁の対局の記録である棋譜について、著作権によって保護されるかという問題がある。これについては、対局者の思想の表現として著作物であるとする考え方もあるが、対局者がそれぞれの局面でどのような手を打ったかは、まさにアイデアの世界に属するものであり、また、記録者がゲームの事実経過を一定の決められた方法によって記録したものには記録者の思想・感情が入り込む余地のない事実であるから、その面からも著作物として認めることは疑問である。これと同様に、スポーツの試合記録(例えば、野球のスコアなど)も著作物でない。

この部分は、初版にはなかった記述が追加されており、著者の主張が明確になりました。どの版から記述が追加されたのか確認していませんが、棋譜の著作物性を否定する見解の一つと言えます。

Twitterでのコメント

2012年2月末頃に話題になった、日本将棋連盟によるニコニコ動画上での動画の削除の後、何名かの法律の専門家がTwitterで見解を表明しました。

弁護士の伊藤雅浩氏は棋譜の著作権 ネットなどで出回り問題に - Footprintsで、2011年3月に棋譜の著作物性に否定的な記事を書いていましたが、2012年2月25日にも同様の趣旨のツイートをしていました。

法政大学社会学部准教授の白田秀彰氏は、2012年2月29日に次のようにツイートしました。

私の立場からすれば、棋譜は「駒の操作手順」というアイデアを表現する方法として、ほとんど唯一無二の方法であり、アイデアと表現が融合しているため、著作権の保護が及ばないと考えますが、そうでない学者が主流かもしれません。@kos_holy

その棋譜を元にして動画として表現するとなると、棋譜の複製ではなく、棋譜に表現されているアイデアを別の手法で表現しているのですから、著作権が問題にるものではないと考えます。これまた、楽譜と音楽との関係を例などにして「侵害だろJK」と言ってくる人がいるでしょう。@kos_holy

ゲームやパズルの解法は、ある一定のルールの下で、理論的には網羅可能であり、創作性という点で著作権が目的とする創作とは異なっているわけですし、明確に、数学的解法やアルゴリズムやルールそのものは保護されないと教科書にも書いてあるのですから、侵害ではないはず。 @kos_holy

ところが世の中には自分の作り出したものや自分の好きなものに著作権法の保護が及ばないことを「失礼だ」「侮辱された」と認識する種類の考え方をする人たちがいて、そういう人たちは自分の愛するもののために全力で権利を獲得することを正義だと考えがちです。 @kos_holy

利用者の自由を重んじる立場で、著作物性を比較的狭くとる解釈になっているように見える(特に3つ目のツイート)あたりが、「そうでない学者が主流かもしれません」というコメントにつながっているのでしょうか。私が見ている範囲では、「そうでない学者が主流」というほどではないように思いますけれども。

ほかに、弁護士の壇俊光氏が棋譜の著作物性を否定するツイートをしていたと記憶しているのですが、現在はアカウントそのものが非公開に設定されていて読めません。

渋谷達紀『著作権法

知的財産法講義II 第2版 著作権法・意匠法』の著者渋谷達紀氏(早稲田大学特任教授)の新しい著書『著作権法』が2013年2月に発売されました。私は内容を確認していませんが、下記のページによると、同様に棋譜の著作物性を否定する見解が記載されているようです。

岡村久道弁護士のブログ

弁護士の岡村久道氏がブログで棋譜の著作物性に否定的な見解を示しています。

理由としては、アイデアそのものであるためとのことです。

特に注目されるのは、一般不法行為についても言及されていることです。

付け加えると、著作権侵害が不成立の場合の一般不法行為の成否は、最高裁第一小法廷平成23年12月8日判決がリーディングケースであり、一般不法行為の成立する場面を極めて狭く捉えている。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111208164938.pdf

著作権法に抵触しないからといって、一般には、民法など他の法律に触れないとは言えません。しかし、著作権侵害とならない利用というのは、特に害がないために侵害と認められていないのであって、特別に他の事情がない限りは、そのまま利用が認められるべきと言うのが基本的な考え方ではないかと思います。

専門家以外では次のような話がありました。

2ちゃんねる発の論考

上記のようなまとまった論考が2012年2月29日に公開されました。これを書いたのは、2ちゃんねるに次のような書き込みをしていた人です。

58 :名無し名人:2012/02/28(火) 22:42:29.16 ID:x0CXMdjo

棋譜についての著作権の議論の状況は知りませんが、著作権法を少し専門的に勉強した者です。
棋譜著作権の有無について私なりの考えを書きたいわけですが、
著作権法について詳しくない人が大半だと思うので、僭越ながら、基礎的なことから説明してみたいと思います。
詳しくない人はぜひ参考にしてください。詳しい人は間違いがあれば修正をお願いします。

棋譜の著作物性を否定する論拠の一つが、詳しく書かれていると思います。

日本複写権センターの「ケーススタディ

公益社団法人日本複写権センターケーススタディのコーナーで、次のような事例が掲載されています。(いつ掲載されたのかは、確認できませんでした)

参考になる棋譜囲碁雑誌に載っていたので、そのページをコピーし、囲碁同好会でメンバーに配布した。

たとえ非営利の同好会であっても著作権者の許可なく雑誌記事のコピーを行い、配布することは違法となりますのでご注意ください。 但し、「棋譜」だけのコピーであれば、棋譜は著作物ではありませんので、著作権の侵害には当たりません。

上記の通り、棋譜は著作物でないという見解が表明されています。例えば、NHK将棋講座テキストに掲載されている棋譜を複写するために日本複写権センターに申請しても、手続き不要と言われることになります。

一般的に、権利者団体は、その立場から、著作権の及ぶ範囲を広く主張することが多いのですが、そのような立場でも棋譜の著作物性を認めないというのは、棋譜の著作物性なしという意見が広く浸透しつつあることの象徴的な事例であると言えそうです。