名人戦契約問題についていろいろ(31)

状況は進展していませんが、新聞記事を2つほど紹介します。

まず、5月29日付の日本経済新聞の記事。

この30年間、名人戦を主催してきた毎日との関係を重んじる棋士もあり、現段階では表決の行方は読めない。しかし、理事会一任ではなく自分たちの判断で決着する可能性が高まり、棋士の間には安堵(あんど)が広がっている。ただ、「連盟が最初からきちんとした手順を踏めば、すぐに毎日新聞と話し合えた」(渡辺明竜王)という意見もある。

作家の後藤正治氏は「トップ棋士の将棋は精神の格闘技。この問題が棋士の精神面に影響を与えていないか心配だ」と懸念する。二転三転する名人戦問題がファンの将棋離れを加速させないことを望みたい。

交渉に関してはやっとスタートラインに近づいてきましたが「ファンの将棋離れ」は心配ですね。加速させていることは間違いないでしょう。報道されているメディアが今のところ限られているので、もともと将棋界に関心のある人以外はあまり知らない話になっていると思いますが、新聞社同士の争いという視点で話題になっている面もあります。もともと将棋界に関心のある人が将棋にお金を使う比率が高いはずですので、そういうコアなところが抜けていくと一層打撃が大きくなりそうです。

そして、後藤氏のコメントにあるように対局への影響も心配です。この問題を気に病んでいない棋士はいないと思います。棋士も人間ですので、そういったことに頭を使っていると将棋盤に向かっても集中力を欠いてしまうことがあってもおかしくありません。

次に、27日付の東奥日報の記事。日付は違うかもしれませんが、他の地方紙でも掲載されているところがあるようなので、共同通信が配信した記事と思われます。

この記事にはいくつか他の記事にない情報が含まれています。さわやか日記5月25日(木)17時44分9秒付で、5月24日に米長邦雄永世棋聖共同通信社の津江部長に会ったという記述があるので、そのときに情報提供を受けた話なのかもしれません。

総会へ向け、棋士へ水面下の工作も行われた。米長会長は八日深夜、連盟理事室に影響力の強い2人の棋士を呼ぶ。羽生善治3冠(王位・王座・王将)と佐藤康光棋聖だ。佐藤棋聖が毎日寄りの発言をすると、理事会案の意義を説いた。聞いていた羽生3冠はこう言ったという。「棋士総会がもめたら理事会案を支持すると手を上げます」

さわやか日記5月9日(火)17時37分43秒付に「(棋聖戦挑戦者決定戦で)負けた羽生三冠王と理事室で1時間話し合い。ドバイのチェスの話を聞きました。佐藤棋聖、田中常務も一緒。」とあるときの話ですね。羽生善治三冠の発言は影響力が大きいので、この一言を解釈するだけでも慎重にならざるを得ません。問題はこのときの「理事会案」がどんなものだったかです。日本将棋連盟理事会が共催案を提示したの5月9日のことでした(参考:名人戦についての新提案)ので、このときの案も共催に関するものだったと考えるのが自然ですが、棋士総会のときに一晩で別の案にしてしまったのを見ると全く違うものだった可能性も捨て切れません。いずれにしても現時点での羽生三冠の発言ではなく、理事会側の情報提供に基づく話である可能性が高いことを考慮に入れる必要があると思います。

次の部分は、米長永世棋聖側からの情報で書かれていることがわかります。

米長会長は二十三日に朝日を訪ね、総会で結論が出ないことを伝えていた。その際、朝日側からこう言われたという。「毎日がうちと同じ額を出すなら降りる。少なければうちがやる」

こんな展開に嫌気がさしているのではないかと思っていたのですが、この話が正しいとすると朝日側は現在でも十分にやる気があるようですね。ここでいう「朝日側」が誰なのかわかりませんが、さわやか日記5月24日(水)17時44分40秒付では「秋山社長をはじめ凄いメンバーが迎えて下さった」と書かれていますので、社長かどうかは別にしても上の方の人なのだろうと思います。

少し話が戻りますが、この記事は次のように理事会の行動を批判しています。

もともとこの問題は、米長会長の放った「初手」が極め付きの「悪手」だったことから起こった。

連盟は再び手を誤る。今月九日には共催という奇策を提案。

たしかに、悪手を続けていたと私も思います。不思議なのは、ああいうことをした場合に毎日新聞社の怒りに触れることを想定しなかったのかということ。さらに言えば、通知書を出したとき、最悪の場合毎日新聞社と絶縁するという可能性を想定していたのかどうかということを疑問に思っています。

後から事情が明らかになったところを見ると、理事会のやり方は絶縁されてもおかしくなかったと思います。それを想定せずに進めたというなら見通しが甘すぎた、もしくは感覚が世間のそれからかけ離れていたということでしょう。もし想定していたというなら、絶縁しても良いという判断自体が疑問です。

朝日新聞社も事前に状況を知らされていたらせめて別のやり方を採るように勧めたと思います。失敗する可能性について自分で判断できるかどうかを判断できていればこういうことにはならなかったと思いますが、今となっては遅いですね。ともかく、名人戦を楽しみたいと思います。