定跡書この10冊 『これが最前線だ!』

『消えた戦法の謎』に続く第2回は、『これが最前線だ!』(深浦康市著、河出書房新社、1999年)です。

この本は99年当時の最新の戦形が、手際よく網羅されています。それから、4年たった現在では最前線ではありませんが、『消えた戦法の謎』の回でも書いたように、古びた戦形を知っておくことも必要ですから、時間が経ったからといって価値が落ちるということはないと思います。

この本を読んで驚くのは、著者が実に率直に意見を述べていることです。最新の棋譜の羅列によって戦形を網羅するだけなら、素人にでもできます。しかし、著者は文中で独自の研究手順を披露し、評価が分かれそうな局面でどちらを持ちたいかについて感想を述べています。著者の幅広い知識と実力に裏付けられた自信があってこそでしょう。まえがきで「この九ヶ月間ほど、対局に支障を来さない限り、自由な時間のほとんどを本書の執筆にあてたような気がする。」と書かれているとおり、労力の結晶ですね。『消えた戦法の謎』よりもやや新しい時代の「将棋戦法史」を形作る一冊と言えるでしょう。特に、深浦新手も登場する相矢倉森下システムの周辺など、力が入っているように感じました。

この本は238頁で普通の定跡書よりやや厚い程度ですが、内容的には倍くらいあるように思えます。その原因は活字の多さにあります。試しに手近な定跡書を開いて、一頁あたりの活字の量を数えてみて下さい。手順も含め、だいたい200字から400字程度だと思います。ところがこの本では、ページ下部に小さめの図が2つあるのみで、ページ上部3分の2は全て文章で埋められています。そのため、一頁あたりの文字数はおよそ550字もあり、かなりの密度の濃さとなっています。テーマ局面を絞り込んで似た局面からの変化を並べたことがそのようなレイアウトを可能にしたわけです。

毎年高勝率を挙げていたものの、なかなか目に見える結果が出なかった深浦七段でしたが、今年になって朝日オープン選手権者に輝き、ようやくトップ棋士の仲間入りを果たしました。今後の活躍が楽しみな棋士です。