棋士の感情表現

将棋にはガッツポーズが似合わない 幸手 ひねのり

いきなり川柳の引用で始めるわけですが、この川柳にはどの方も頷いていただけるでしょう。そこでふと思うのです。どうしてガッツポーズが似合わないのでしょうか。

実際、プロ棋士が対局に勝利してガッツポーズをしたり、喜びのあまり部屋を駆け回ったりという話は聞きません。テレビで感想戦を見ていても、どちらが勝ったのかわからないという話はよく聞きますね。どうしてなのか、少し考えてみます。

将棋では礼儀をきちんとしなければならないとよく言われます。ガッツポーズは礼儀を欠いているのでしないのだという説明ができるかもしれません。だとすると、同じように礼儀を重視しているとされる相撲や柔道では、最近ガッツポーズも見られるようになってきましたから、将棋でもガッツポーズが出てもよさそうです。

ほかには、あまり喜ぶのは対局に不利になるという考え方もありますね。基本的に棋士は対局中には感情を表に出さず、ポーカーフェイスを保つようにしています。現在の局面を有利と思っているか不利と思っているかが相手にわかると、それを材料にして読みを推測されてしまいますので、強い人はどんな状況でもあまり表情を変えないとされているように思います。対局中に感情を表に出すのを抑えているとしたら、対局直後もその状態が続き、無表情のまま感想戦に入るのは自然なことです。

しかし個人的な実感として言えば、対局で勝ったあとガッツポーズをしたいところをこらえているという気持ちはないんですよね。私は次のような説明の方がしっくり来ます。

将棋というのはどちらかが投了しても終わった気にならないものだと思います。その後の感想戦も含めて将棋なんですね。勝敗としては決着がついた後も、あそこで別の手を指したらどうだったのかとか、途中まで優勢だと思っていたのは正しい大局観だったのかとか、気になることがいろいろ出てきます。そういうことを検討して、勝ち負けの原因を自分の中で整理できた時点でやっと対局を終えた気持ちになるのです。ゴルフに例えると、将棋の終局は、ゴルフでパットを決めたときではなく、第1打を終えたときくらいの中途半端な状態だということです。ドライバーでナイスショットして良い地点にボールを落としても、いちいちガッツポーズせずに第2打に向かうのと同じで、将棋指しは対局後喜ばずにすぐ感想戦に入るのではないかと思います。

もっともこれは私個人の感触なので、人によって違うのかもしれません。