コンピュータとの勝負は、引き分け

昨日11月18日の話の続き。昨日のリンク先も合わせてご覧下さい。それから今日の記事も。

チェス界の強豪カスパロフチェスコンピュータ「X3D Fritz」との対戦が、今月11日から昨日にかけて4局指されました。結果は1勝1敗2分のドロー。最近の「人間対マシン」の対決は引き分けが続いています。詳しい情報はx3dchess.comをご覧下さい(英語)。

今回の対戦ではバーチャルリアリティ音声認識を活用した仮想的な盤駒が注目を集めました。カスパロフは3Dメガネをかけてモニタの前に座り、画面に浮いて見えるチェス盤を見ながら声で指し手を指示するというやりかたで対局を行いました。このような普段と異なる指し方は思考に若干の影響を与えた場面もあったようです。

カスパロフが白星を獲得した第3局は、人間がコンピュータの指し方に対抗する格好のモデルケースとなりました。これは将棋についても共通する部分があると思うので、詳しい説明を加えてみます。なおここでの解説はhttp://www.x3dchess.com/news/analysis/kasparovx3dfritzgame3.htm(英語)をもとにしています。

次の図をご覧下さい。白がカスパロフ、黒がコンピュータです。この局面は白が14手目(将棋風にいうと27手目)にNb3と指したところです。この局面を簡単に評価してみましょう。

カスパロフ  vs X3D Fritz 第3局 14.Nb3 まで

この局面で最も特徴的なのは、盤面の左上から右下へ築かれたポーンの壁です。この壁によって盤面が二つに分断され、左下が白の勢力圏、右上が黒の勢力圏となっています。そして、a5のポーンが一つだけ白の勢力圏に取り残されています。ポーンの壁が邪魔になって、黒はa5ポーンを守るための駒を繰り出すことができません。そこで、白が勝つために次のようなプランが考えられます。

  1. 黒のa5ポーンを取る。
  2. 白のa2ポーンを進めて、黒のb7ポーンと交換する。
  3. 白のb6ポーンを進めてクイーンを作る。

a筋、b筋方面は完全に白が制圧しているため、黒は基本的にこのプランに抵抗することができません。黒ができるのはせいぜいクイーンができるまで手数を稼ぐくらいです。だとすると、黒が取るべき手段は一つだけです。すなわち、黒の勢力圏である盤の右辺(白の側から見て)で先に戦いを起こすことです。そうなれば、白はaポーンを進めるゆとりがなくなりプラン通りには行かなくなります。右辺の戦いが黒優勢に進む保証はありませんが、そうしなければ負けだとすればほかに手はありません。具体的には上の局面から、14...Ne8 15.Rb1 f5 として黒のfポーンを突いていくのが最善でしょう。

カスパロフのように強いチェスプレーヤーでなくても、黒を持って指しているのが人間であれば上のように考えて手を打つはずです。しかし、指しているのはコンピュータでした。コンピュータは基本的に「何手先まで」という形で手を読む仕組みになっており、上のような長期的なプランを考えるようにはできていません。人間の目には、たとえ手数はかかっても負けが確実に見えるところでも、コンピュータにはそのような暗い未来が見通せないということがあるのです。

X3D Fritzは右辺で戦いを起こす必然性を読み切れませんでした。黒にとって唯一のチャンスをもたらすはずのfポーンは終局まで動かされませんでした。次の黒の一手はただの手損にしかならない 14...Bd6 でした。このビショップはポーンで取られることはありませんが、放置された場合何も働きません。ただ、手数を費やしただけの手です。その後も黒はいたずらに駒を動かすだけで、上で述べた白のプランがそのまま実現してしまいました。

対コンピュータ戦略として、このように長期的プランを立てながら水面下で勝利への準備を行い、コンピュータが何をしたらいいのかわからないように指すという作戦が有効なようです。この対局は絶好の例であると言えるでしょう。

話は変わりますが、ここで参考にしたチェスの解説は非常に読みやすい書き方でした。将棋の解説を読んでいると、ときどきどの手順がどの変化につながっているのか混乱することがあるのですが、このような書き方だと本手順、変化、変化の変化などが明示的に分類されているため、手順を追うのが負担になりません。こういう手法を将棋でも取り入れてもらいたいなと思いました。