千日手になりそうになったとき

大きな将棋で千日手指し直しになったときなどに、千日手は面白くないと言われることがしばしばあります。このことについて少し考えてみようと思います。

同じ引き分けでも持将棋はそれほど非難されません。持将棋の方が出現率が低いという事情もありますが、戦うだけ戦って引き分けになるのなら仕方ないと見られているのではないでしょうか。序盤での千日手に面白くないという意見が多いので、終盤まで行くのなら引き分けでも構わないということかもしれません。そこで、ひとまず序盤での千日手に話を絞ることにします。

将棋指しが千日手模様の局面に遭遇したときの千日手にするかどうかを判断する基準でよく見られるものは3つに分類できます。勝手に命名すると次の3つです。(現実の棋士はこれらの要素を併せ持っているため、純粋にこのような考え方が存在するというわけではありません。)

  • 美学派
  • 探求派
  • 超合理派

「美学派」は千日手は美しくないと考え、できるだけ千日手を避けようとします。千日手模様になってしまったら、多少不利になろうとも打開を試みます。これは、千日手を避けるという行為が勝利という目的を上回っていることを示しており、だからこそ「美学」と呼べると考えます。「千日手はつまらないから避けるべきだ」と主張する人は、美学派に分類されます。

「探求派」は盤上の心理を追い求めます。将棋の局面はつきつめればすべて「先手勝ち」「後手勝ち」「千日手」のいずれかになることはご存じと思います*1。たとえ序盤の局面であっても、双方が最善を尽くした結果が千日手にしかならないというのは十分あり得る話であり、局面の結論が千日手だと確信したら千日手にするのが探求派のやり方です。特に避けようと考えるわけではありませんが、意識して千日手を狙うこともありません。

しかし、いくらプロ棋士であっても序盤から局面の結論を出せることはまずありません。ある局面が「先手有利」と判断したとしても、それは必ず「勝てる可能性が比較的高い」という程度であって勝ちを確信できるわけではありません。別の言い方をするなら、千日手模様から打開して勝てる確率が5割超なら打開するし、打開しても5割未満の確率でしか勝てない局面だと思えば千日手にするわけです*2。(なお、ここでいう勝率は千日手などの引き分け要素を除いたもので、常に「先手勝率+後手勝率 = 1」が成り立つとお考え下さい。 )

「超合理派」はその考えをさらに推し進めます。徹底的に勝負にこだわるなら、勝てる確率を考える際に局面だけでなくそのほかの要素も考慮に入れる方がより正確と言えます。そのほかの要素とは具体的には以下のようなものが含まれます。

  • 手番
  • その時点での残り時間
  • 相手との相性
  • 体力の差

この中で、手番を考慮に入れる考え方は広く知られています。「先手番だったのでやや強引とは思ったが仕掛けた」というような話はよくあります。千日手指し直しの場合は手番を入れ替えるという規定のため、先手番で千日手にすると指し直し局では後手番で指すことになります。先手の方が若干勝率が高いと言うことを踏まえると、ほぼ互角の局面であれば先手は千日手にすると損になります。

もう少し具体的に説明しましょう。全く同じ棋力の人が将棋を指したときの先手の勝率を便宜上52%とします*3。ある千日手模様の局面で先手が千日手を打開すると49%の確率で勝てると判断したとしましょう。この局面は先手にとってやや不利ということなので探求派の棋士千日手を選択します。しかし、超合理派の棋士は違います。もしここで千日手にしたとすると、先手だった棋士は指し直しで後手を持つことになり、そのときの勝率は48%になってしまいます。48%になるくらいなら、打開して勝率49%を選択する方がましです。そのような理由で超合理派の棋士千日手を打開することになるわけです。

ここでは探求派が千日手を選び、超合理派が打開を選ぶ例を示しました。一つ補足すると、超合理派の方が千日手を避けるというわけではありません。手番を変えれば全く逆になる例も簡単に作ることができます。千日手も一つの結果に過ぎないという意味で、千日手を好みも嫌いもしないのは探求派と超合理派に共通する特徴です。

さて、このように手番を考慮して千日手を判断することはよく知られた考え方ですが、それ以外の要素については語られることが少ないように思います。例えば、千日手になりそうな局面での双方の残り時間の差は香料に入れることが可能な要素です。

千日手指し直し局では基本的に千日手時点での持時間が引き継がれます。例えば、先手の残り時間が2時間、後手の残り時間が4時間ならば、手番を変えて先手の持時間が4時間、後手の持時間が2時間として指し直しが行われるわけです。持時間が長い方が有利と考えれば、千日手時点で残り時間の少ない方の棋士千日手を打開する方に向かいがちになると考えられます。

相手との相性まで考慮すると、さらに極端な行動が表れる可能性もあります。AさんとBさんの対局で、AさんはBさんに対して非常に相性が良く、手番に関係なく70%の確率で勝てるとしましょう。すると、Aさんはたとえ69%の確率で勝てる局面であっても千日手に持ち込む方が有利ということになります。はっきり優勢と思える局面でも、超合理派の棋士にとっては千日手の方が好ましいと思える場合もあるのです。

さて、ここまでは純粋な考え方を持つ仮想的な棋士を考えました。現実の棋士の行動についてはまたいずれ書きたいと思います*4

*1:ただし、これは持将棋を無視したときの話です。

*2:ここでいう確率は客観的なものではなく、頭の中で数値化されているわけでもありません。「優勢」というなら勝てる確率が5割以上あるのだろうという程度のものです。

*3:将棋年鑑序盤四手チャートによると、ここ数年はプロの先手勝率は51%から54%を推移しています。

*4:いずれ書きたいと書いてそのままほったらかしになっているものがいくつもあるのですが、予定は未定ということで(汗)。