クローズアップ現代を見ての感想

10月17日に放送されたクローズアップ現代で、「譲れぬ一局 〜プロ棋士編入6番勝負〜」と題して瀬川晶司氏のプロ編入試験が取り上げられました。だいぶ間が空きましたが、放送の内容とその感想について書きたいと思います。実際の映像を見ないとわからない部分も多々あり部分的にしか再現できませんが、今から見直そうと思っても難しいのがテレビ番組の不便なところですね。

放送の内容

「こんばんは、クローズアップ現代です。一度は完全にあきらめたプロ棋士になるという夢。サラリーマンになった一人の男性が再び、その夢に挑んでいます。」

  • 「プロを相手に17勝7敗*1。アマチュア瀬川晶司さんの、もう一度実力でプロになる道を設けてほしいという希望が、今回特例として編入試験という形で認められたのも勝率7割という瀬川さんのこの好成績があったからです。」
  • 将棋界の説明。名人を頂点とする順位戦システムと奨励会の仕組みの説明。
  • 編入試験は3勝で合格の六番勝負。
  • 対局者6名の顔写真。
  • 「この中で最強と言われているのが久保利明八段。」
  • 先月行われた対局。「相手を追いつめ、そして相手のミスを誘う戦術が勝敗を分けたのです。」
  • VTR:「東京千駄ヶ谷にある将棋会館、特別対局室」
  • 誰か「昨日は普通にお仕事ですか?」瀬川「いや、昨日は休みで、ええ」
  • 瀬川氏は15分前の入室。久保八段は4分前。
  • 駒袋から王将を取り出す久保八段。
  • 「それぞれの持ち時間は3時間。アマチュアの瀬川さんには経験の少ない長時間の対局です。」
  • 「35歳独身。プロ棋士になる夢を賭けた男の戦いです。」
  • 瀬川氏の生い立ち。小学生時代の瀬川氏の写真。
  • 横浜生まれ。14歳で奨励会入会。「しかし、その夢はかないませんでした。」
  • 「情報処理サービス会社に就職し、現在もシステムエンジニアとして働いています。」
  • 自宅でノートパソコンに向かう瀬川氏。将棋倶楽部24で観戦。
  • 「瀬川さんはサラリーマンになってからもインターネットを使って将棋の腕を磨き続けました。」
  • 嘆願書の実物。縦書きで便箋1枚に手書きで書かれている。
  • 用紙下部が切れていて読めないが、嘆願書の文面は次のよう。(かっこ内は画面上で途切れた部分を想像で補ったもの。実際の文面とは異なることが予想されます。)「将棋雑誌、一部新聞で報じられてお(られる)通り、私は日本将棋連盟の正会員にな(る事を)希望しております。/もう一度、プロの世界に挑戦してみた(い。)奨励会以外でもプロになる道を示して頂(ければ)ありがたく思います。/以上について何卒ご検討くださいます(よう)嘆願いたします。」
  • ナレーション「今年2月、日本将棋連盟にプロ編入試験の嘆願書を提出。プロ側もこれを受け入れたのです。」
  • 瀬川「ふんぎりはつけたつもりだったんですけど、まあ実際もう、プロになれるルートはないですから。やっぱりでも……プロになれるものならなりたいという気持ちが残っていて。」
  • 第3局の対局風景。
  • 3手目▲7五歩「奇襲戦法の手筋です。定跡という決められた手順から少しでも早く離れ、相手を惑わし、時間を消費させるのが狙いでした。」
  • 久保「おおげさに言ってしまえば棋士人生のかかった一局ですから、ええ、相当に大きな勝負でしたね。」「まあ、定跡をやるよりも時間使ってくれるだろうなという読みもありましたしね。」
  • 「久保さんは現在プロの中でも最高ランクのA級棋士です。しかし、去年アマチュアも参加できるプロのトーナメントで瀬川さんに敗れ、今回の対局相手に選ばれました。」
  • 久保八段の奨励会時代の写真。
  • 「2年先に入会していた瀬川さんを追い越し、17歳でプロになりました。一方瀬川さんは三段リーグで足踏みを続けていました。」
  • 再び対局風景。
  • 「瀬川さんは中盤を優位に進めていました。」
  • △4九飛に対し久保八段は▲5九桂。さらに▲3八銀。
  • 「大駒を持駒にしてプレッシャーをかけたいと、なりふり構わず飛車を取りに行きます。」
  • 久保「あれはなかなか、棋士人生長いですけど、ああいう飛車の取り方はしたことないですね。まあ、師匠がいてこの将棋を見たら、まあ、田舎に帰れって言われてもおかしくないぐらいの、飛車の取り方なので。相当筋が悪いですよね。まあでも、まあそういう将棋も、中にはあるということで。」
  • 90手目の盤面。「控え室の評価は瀬川さん優勢でした。」
  • しかし、すでに1分将棋で秒を読まれる瀬川氏。
  • それに対し、「時間攻め」を続ける久保八段。
  • 「秒読みが繰り返される重圧の中で、瀬川さんは次第に追いつめられていきました。」
  • △8三角。「取り返しの付かない一手でした。」
  • 瀬川「もう打った瞬間、悪手だってのは気付いたんですけれども。だいたい悪手って打った瞬間に、気付くんですけどね。」
  • 一転して腰を落として考える久保八段。
  • 3分の考慮の後、▲8三同龍△同飛▲7二角。飛金両取り。
  • 「結局、盤上の中央で攻守の要になっていた金が奪われ、瀬川さんの負けが決定的になりました。」
  • 「対局開始から8時間半。167手の熱戦の末、瀬川さんは投了しました。持ち時間を周到に計算し、プレッシャーをかけ続けた久保さんのしたたかな勝利でした。」
  • 久保「結局は勝ちやすいんですよね。相手より時間を残した方が最善を指す確率が高くなるんで。ただ時間攻めをしたつもりは、僕の中ではないんですよね。」
  • 瀬川「(自分の手のひらを上向きに広げながら)うん、久保さんのシナリオ通りっていうんじゃないですけど、久保さんが僕がああいう状況になるように、たぶん、戦っていたように思えましたけどね。まあ本当は分からないですけど。だから結局あの、局面では優勢な局面がありましたけど、勝負って言う面で見たら、ずっと負けてたのかなと思いますね。」
  • スタジオに戻る。「脚本家のジェームズ三木さんにお越しいただいています。」「こんばんは。」
  • 三木「将棋っていうのは本来論理と論理の格闘技みたいなもので、どっちが読み勝っているかっていうのが醍醐味なんですけども、今回はそれだけではない、絶対にプロとして負けられないという久保さんと、アマ、人生賭けた、夢を賭けた瀬川さんという、両方事情をしょってるっていうのがね、見てる者に非常に切実に伝わってきますね。」
  • 競争率の高い奨励会
  • 縮まったプロとアマの差。パソコン・インターネットの利用。
  • 奨励会という伝統を変えてまで、あえてプロ側がこの編入試験を実施した背景には、瀬川さんの勝率が非常に高かったということもあるんですけれども、一方で将棋界を取り巻く非常に厳しい現状というのもありました。」
  • VTR:10月1日の王座戦第3局の映像。
  • 「新聞社やテレビ局などがスポンサーになっているこうした棋戦の契約金が、日本将棋連盟の収入のおよそ7割を支えています。しかし、近年2つのスポンサーが棋戦から撤退し、先行きは明るくありません。」
  • どこかの将棋道場の映像。指しているのは高齢の男性ばかり。
  • 「将棋人口の減少も深刻です。シンクタンクの調べでは、1年間に1回以上将棋を指す人の数は20年前の1500万人から800万人台に減っています。」
  • 将棋人口を示す折れ線グラフ(社会経済生産性本部調べ)。昭和62年から平成16年までの将棋人口の推移。1500万人超から800万人台までおよそ一定のペースで減少する傾向が観察できる*2
  • 棋士会の部屋に入室して着席する米長邦雄永世棋聖
  • 「どうしたら将棋人気を取り戻せるのか。改革の先頭に立つリーダーとして、今年5月、日本将棋連盟会長に就任したのが米長邦雄さんでした。」
  • 米長「今までの殻に閉じこもっていたり、既成概念にしがみついた人は、すべて負けになる時代が来たんですね。」
  • 「米長会長が改革の一手としてまず打ち出したのが、インターネット会社との連携強化でした。この日は現役棋士で理事の一人、田中寅彦九段がネット会社を訪れました。」
  • 会議室で熱心に話し合う田中九段。机の上のノートパソコンにはYahoo!ゲームの画面が。
  • 「今年の夏、ネットを使って行われたプロとアマチュアとの対局は、24000人が観戦。マスコミにも大きく取り上げられました。」*3
  • Yahoo!社員「あとは、プロフィールをもう少し詳しく載せてしまうとか」田中「ええ、(考え込むような表情で)何かいろいろ可能性があるような気がしてきましたねえ。」
  • 「将棋連盟ではこうしたネット会社との関係を深めることで、いずれはタイトル戦などのスポンサー契約を結び、収入の安定を図りたいと考えています。」
  • ビルの外で
  • 田中「将来のうちの世界の、まあ古い言い方ですけどね、米を作り出してくれるような気がします。ですから、こことうまくできるかどうかが相当勝負だなと思ってます。」
  • 東京大田区の会社の廊下で案内される森下卓九段。
  • 「将棋普及のための取り組みも様々な形で始まっています。この日は理事の一人森下卓九段が、教育出版社を訪ねました。」
  • 4人の担当者を相手に話す森下九段。
  • 森下「それで今、将棋界でもですね、まああの、娯楽や遊びとしての将棋から、教育産業としての将棋というようなとらえかたをですね、今ちょっとしてるんですよね。」
  • 「幼児教育で話題になっている「右脳開発」商品として、将棋が役立つのではないかと提案しました。」
  • 森下「まあ、DVDを使って右脳開発トレーニングとかいうのもありますよね。それであのー、まあ将棋を、何とかできないものかと。」
  • 出版社社員「正直申し上げて、その、右脳、とかそういったものの、本当の意味での根拠は、まあ存在しない……」森下「ええ、はい」社員「……学問だと思いますので、弊社の場合ですと、ブランドの信頼を守るという意味で、いい加減な仕事ができないという……」森下「あっ、ええ、ええ」
  • 「森下さんのアイディアは、今後の検討課題となりました。」
  • ビルの外で
  • 森下「世の中、わたくしも素人なものですからね、その辺の詳しいこと全くわからなくて、一方的に話を持っていって悪かったなと思うんですけど、でも、まあ商品になるかどうかはともかくとして、やっぱりいろんなお子さんに将棋を知ってもらうことが第一ですからね。」
  • 場面変わって、米長永世棋聖と瀬川氏の記者会見の映像。
  • 話題性重視で選ばれた対局者たち。
  • 「さらに、若い世代にもアピールしようと、大手インターネットプロバイダと契約。対局の様子をリアルタイムで無料配信しました。すべての対局で、1日100万件のアクセスがありました。将棋の注目度が上がることで、新たなスポンサーの獲得や機関誌の販売増加が期待されています。」*4
  • 米長「流れた映像、あるいは活字の総量はですね、経済効果としておそらく何十億円のもので、お金では量れないくらいの大きなものだろうと思います。それはすなわち、まあ、私の勝利なんですね。ですから、(半ば笑いながら)今日はね、瀬川さんが勝つか久保君が勝つか、というよりも、すでに私は勝ったんですね。ね、(カメラの横にいるNHKスタッフ?に向かって)国谷さんによろしくね(笑)。」
  • スタジオに戻る。
  • 奨励会の不満、プロが増えることによる不満をどうするか。
  • 三木「日本の伝統文化で素晴らしいものですから、将棋というのは、勝者は驕らず敗者は悪びれずというね、すてきなゲームですから、今、世の中のたくさんの人に指してもらいたいし、繁栄してほしいと思います。」
  • プロ入りまであと1勝。
  • 「本当に次の大きなドラマ、11月6日と11月26日に行われるということです。どうもありがとうございました。」

感想

将棋用語の濫用を避けて将棋を知らない人にも理解できるようにしながらも、将棋ファンにとって不自然にならないように言葉を選んでいるように感じられました。題材の取捨選択もこの時間の中では適切で、全体にわかりやすい構成だったと思います。NHKらしく取材の厚みも感じられ、さすが「クローズアップ現代」という内容でした。

前半の瀬川vs久保の話は、将棋雑誌などを読んだ方はすでにご存じだったと思います。それでも、テレビのゴールデンタイムにこの話題が出たことは意義深いですね。

後半は将棋界の取り組みについて。このプロ編入試験もその一環という位置づけです。Yahoo!などと棋戦契約を結びたいという意向があることは、初めて公にされたのではないでしょうか。実際に公式戦のスポンサーになってもらうにはまだまだ努力が必要ですが、コンテンツの一つとして認知してもらうことは大事ですね。将棋はいわゆるWeb2.0との相性は良いと思うので、こちらの方面でもできることがあると思います。

一方、森下九段の営業はさんざんでした。森下九段が持ち込んだ企画が「いい加減」だったと言われたようなものです。右脳と左脳に何らかの生理学的差異があることは確かなようですが、それが学習などの活動においてどのような影響をもたらすのか、あるいはどちらかの脳を「鍛える」ことができるのかどうか。ちゃんと調べたわけではないのではっきりしたことは言えませんが、どちらも科学的な裏付けのある話ではないようです。科学的な裏付けがない話を謳い文句にしてはいけないということは必ずしもないので、それを使った教材がいけないということもないとは言えますが、そこから先は会社の方針次第なので、売り込み前に綿密に調べておくべきだったということでしょう。

とはいえ、そうやって調べるのを森下九段の仕事にしてしまうことには反対です。もともとこういった業務をプロ棋士が行うことに無理があるのですが、そこは他の人材を雇う余裕がないということで見逃すとしても、理事が動いて失敗したらどうしようもないわけですから、それ以前にできるだけのことをしておくのは当然のことでしょう。

個人的には、右脳などという概念を使わなくても将棋を売り込むことは可能ですし、その方が有効だと思います。動くことは必然的にコストを伴うわけですから、なんでもかんでもやるというのではなく可能性を見極めてから動かないと無駄を生むことになるでしょう。

*1:プロ編入試験の実施が決定した5月26日時点での数字。現在は17勝10敗。(あるいは、銀河戦に限った成績で17勝7敗ということかもしれません。)

*2:この将棋人口の推移については、もう少し詳細に検討する必要があると思っています。

*3:Yahoo!ゲームで谷川浩司九段が対局の話。しかし、将棋関係以外のマスコミで大きく取り上げられたという話は聞きませんでしたが……。

*4:BIGLOBEと提携して運用中の「瀬川晶司氏 将棋プロ入り六番勝負」ブログのこと。同じ人が何度も再読込して観戦しているので、実際にアクセスした人の数はもっと少ないはずです。