サンデー毎日にゲーム脳批判記事

12日に紹介した囲碁と脳の関係に関係あるようであまり関係のない話です。「囲碁と脳の関係」とこの「ゲーム脳」との関係などについても書くつもりですが、もう少し調べる必要があるので今週中くらいに。

サンデー毎日2月26日号に「ゲームで脳が壊れる説に学会は大ブーイング」という若狭毅記者による記事が出ています。関係者によく取材していていい記事になっていると思います。

発端は毎日新聞1月15日付朝刊に掲載された鹿島茂による『脳内汚染』(岡田尊司著)という本の書評です*1

書評のルール違反は覚悟の上で、本書が大ベストセラーになって一人でも多くの人に読まれることを強く願いたい。なぜなら、本書は、日本が直面している社会現象、すなわち、キレやすい子供、不登校、学級崩壊、引きこもり、家庭内暴力、突発的殺人、動物虐待、大人の幼児化、ロリコンなど反社会的変態性欲者の増大、オタク、ニートなどあらゆるネガティヴな現象を作りだした犯人が誰であるかをかなりの精度で突き止めたと信じるからだ。

この本はその犯人がテレビゲームやネットゲームであると主張しているわけです。私はこの本を読んでいませんが、内容は一時期話題になった「ゲーム脳」の主張に類似しているようです。(実際に、この記事のインタビューの中で『ゲーム脳の恐怖』の著者である森昭雄氏は「『脳内汚染』の内容は僕とまったく同じですね」と述べています)

この「ゲーム脳」の主張には以前から様々な観点からの批判があり、この記事ではそのような批判のいくつかを紹介しています。

一つは日本大学教授の森昭雄氏がほとんど論文を書いていないという批判。日本福祉大学教授で京都大学名誉教授の久保田競氏は。森氏が自身の論文を引用したやり方が適切でなかったと指摘した上で、次のように述べています。

「彼がまずやらなければいけないことは、自分の作った脳波計で正しく脳波が取れていることを、脳波の関係学会で発表することです。それすらやっていませんね。まともな研究者が積極的に攻撃しないのは、相手にしていないからです。」

これは脳波の解釈以前に、そもそも脳波を正しく計測できているのかという観点からの批判です。一般的に研究結果がきちんとしたものとして認められるためには、近い分野で研究している研究者の検証に耐えることが最低条件ですが、そのような手続きがなされていないということです。なお、そのような批判に対して森氏は「僕には海外の論文も含めていっぱいありますよ」と話しています。その一覧は著書・発表論文等一覧で見ることができ、私にはこれがどうなのか判断できませんが、『ゲーム脳の恐怖』以降は学会発表しかないのが気になるところではあります*2

京都大学教授の櫻井芳雄氏は次のように指摘しています。

「たまにいるんですが、学会発表を論文と考える人もいます。学会発表も200字くらいの抄録が載りますが、それは論文とは言えません」

「冊子に載せた論考のようなものまで自分の『論文』のように挙げていますが、こうしたものを論文リストに載せるというのは、研究者として全然だめということです」

日本大学のサイトの中には主な研究業績が書かれたページがありますが、この中にある唯一の論文が掲載された雑誌Health and Behavior Sciencesは原稿送付先が森昭雄研究室になっているので、上のような批判に応えるものではなさそうです。

このような批判は研究がきちんと手続きを踏んでいないために信頼できないという批判です。これ以外に記事であまり触れられなかった観点からの批判として、論理展開に関する批判も重要なものでしょう。つまり、脳波がそのように観測されたのが事実としても、ゲームが有害であるという根拠とはならないのではないかという批判です。そのあたりは検索すればいろいろな話が読めると思います。

一方、『脳内汚染』については櫻井氏が変化が同時に起こっているからといって因果関係があるとは言えないという観点から批判しています。これに対して著者の岡田氏は「因果関係はハッキリしています。実際にはすべて統計検定をかけています。」と述べています。このコメントが本当なら、統計学を勉強し直しましょうで終わる話のように思いますが。

一連の問題に関連して、日本神経科学会会長の津本忠治氏は会報の2006年第1号で次のように書いているそうです。

ご存じのように最近『脳』をタイトルに入れた『似非脳科学』『とんでも脳科学』的な書籍が本屋の店頭に並べられています。(後略)

個人的には、最近そのような本が多いので、「脳」という言葉の入った議論を見るだけで警戒するようになってしまいました。ゲーム脳やそれに類似した話は「科学」と呼ぶべきではないと考えています。

*1:この記事は http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/gakugei/news/20060115ddm015070135000c.html で読めましたが、現在は読めなくなっています。

*2:例えば、櫻井氏の研究論文(学術雑誌)の一覧とはだいぶ違うということは素人目にもわかりますが。