名人戦契約問題についていろいろ(32)

名人戦七番勝負がまだ終わっていないこともあってか、状況に特に進展は見られません。雑誌記事で興味深いものがあったので2つほど紹介します。1つは月刊誌「選択」の記事、もう1つはすでに何度もこの問題を取り上げている「読売ウイークリー」の記事です。

1つ目は「選択」6月号の「『将棋名人戦』の値打ち」という見出しの記事。robihei日記(Golfとか、将棋とか、徒然に):名人戦第五局&選択「将棋名人戦の値打ち」記事で知りました。

この記事には署名がありませんが、筆者は古くからの将棋ファンなのではないかと思います。今回の問題の背景にある構造的な体質への洞察に、付き合いの長さが感じられます。

この記事の姿勢は最初の段落に凝縮されていると言えるでしょう。

三月末、にわかに持ち上がった将棋名人戦の主催新聞社変更問題は、日本独自の将棋文化の伝統にしたたかに泥を塗りつけた。米長邦雄会長率いる日本将棋連盟の「王より金を可愛がり」の卑劣な戦術は、将棋勝負の高度な純粋性に限りない魅力を見出してきた無数のファンを鼻白ませずにはおかなかった。名人戦とは何であるかを、将棋よりも棋界内政争に長けた連盟幹部たちは忘れ果てていたのかもしれない。

筆者は将棋界における名人位の絶対性を強調します。その理由は2つあり、1つは歴史的な経緯から来るもの、そしてもう1つは次のようなものであるといいます。

名人位の持つ絶対性のいま一つの理由は、将棋界の特殊性から生じる。

将棋界は閉鎖的で封建的な世界だということである。囲碁界においては、中国や韓国にもプロ制度があり、その実力レベルは、今では韓、中が日本を圧倒している。それだけ国際棋戦も盛んだ。囲碁棋士には異なる文化や慣習に触れ、自国内で通る主張が通らないといった経験をする機会も多い。これに対して将棋は日本独自のものであり、プロ制度も日本にしかない。棋士は、将棋界こそが世界のすべてといった感覚でいて、特に困ることはない。

したがって、将棋が強いということが将棋界では絶対的な意味を持ち、だからこそ名人が将棋界のトップだとみなされてきたからだといいます。

将棋の外の世界には別の論理や礼節があることなど、あまり考える必要がない。そういう将棋界の特殊事情の負の部分が露呈したのが、今回の名人戦争奪騒動だったのではないだろうか。

記事の中には一部に賛同できない部分もありますが、この部分には特に同感です。将棋界の中と外で常識が異なることよりも、その違いを認識できていなかったことが一番の問題だったと私は考えています。その違いを意識せずにプロを続けていくのは、これからはだんだん難しくなっていくことでしょう。

次に紹介するのは、6月5日発売の読売ウイークリー6月18日号の「右往左往『名人戦騒動』 『最終勝者』は朝日?の読み筋」という見出しの記事です。

この記事では棋士総会前後の流れをまとめた後、日本将棋連盟理事会の「本命は朝日」とした上で、次のようなコメントを紹介しています。

また総会では、毎日の提示額が朝日の額を大きく下回った場合、そのままの額で投票にかけることはない、と理事が説明した。出席した棋士の一人は話す。
「万一、低い金額で可決されてしまうと、巨額を示した朝日を怒らせてしまうと、理事会は言うのです。理事会は朝日の顔色をうかがっているように見える。やはり、毎日は苦しい立場なんです」

「そのままの額で投票にかけることはない」という意味が私にはわかりません。棋士総会後の説明では「毎日新聞社が単独主催案を希望された場合は、同社が提示した条件で契約するかどうかを棋士の表決によって決定いたします」となっていたので、毎日新聞社が提示する条件を変えて投票することはできないように思うのですが。

さて、記事では投票では「朝日支持」が過半数を占めると理事会が読んでいるという話が出ています。

190人余りの棋士の中で、固定の“毎日派”“朝日派”は実は少数。大半は“無党派”だ。

この無党派層はこれまで、おおむね毎日寄りだったと言われる。
「義理というより、毎日がちらつかせた『巨額の賠償責任』を恐れたのです。朝日と高額契約をしても、毎日に訴えられればチャラになりかねないと考えていた」(前出の棋士

この賠償問題に関しては、棋士たちの不安を打ち消そうと、理事会は躍起になった。「巨額の賠償責任を負う可能性は皆無」という元検事の弁護士が示した見解を棋士会で説明していたほか、総会でも連盟の顧問弁護士が「毎日は訴訟を起こすことができない」と滔々と訴え、無党派層の取り込みを図った。

この「巨額の賠償責任」ということばは、5月2日付で毎日新聞社から全棋士へ送られた2度目の手紙の中で使われていたと読売ウイークリーの5月21日号で伝えられています。

今回の記事によると、さらにその後毎日新聞社の社員が各棋士に電話をしたり、一部棋士に戸別訪問を行ったりして支持を求めたそうです。賠償をちらつかせたことに加えて、そういったことが逆に棋士の支持をなくしているために朝日が勝ちそうになっているというのがこの記事の趣旨です。最後に記事は次のように書いています。

以上の通り、事態は、「本命は朝日」の理事会の思惑通りに進んでいる。理事会の唯一の心配事といえば、名人戦の移管問題が他の新聞社に与える影響だ。米長会長は、総会における名人戦問題の審議の冒頭で、他の新聞社との関係に影響は出ないという見通しを、わざわざ棋士たちに示したという。

終盤を前に、大勢が決まりつつある名人戦移管問題。しかし、将棋界が、スポンサー依存の体質を変えない限り、今後、新たな盤外戦が勃発する恐れがある。

本当に大勢が決まりつつあるのかどうかは知るよしもありません。ただ、「新たな盤外戦が勃発する恐れがある」と書いているのがほかならぬ読売新聞社であることは、この文に新たな意味を持たせているように思われます。