羽生善治三冠のインタビュー続編

6月20日羽生善治三冠が「Web2.0特集」で週刊東洋経済に登場の続きです。

全体としてはWeb2.0というよりも、将棋界の話が中心となっています。前編では、将棋界が変わりつつあるという認識の表明があります。その主役は、棋譜データベースとインターネット。前者は指し手におけるプロ的な常識、後者は強い相手のと対局機会、こういったものが全国のアマチュアに開放されたことが将棋界に変化をもたらしつつあります*1。ただし、そういった情報面での格差が縮まっても、あるところから先に進むためには別のものが必要となる。それが現在では有名になった「高速道路」の例えです。

ではどうすれば「渋滞」を抜け出せるのか。誰しもそれを知りたいわけですが、その答えは当然ながら出ていません。

私もそうですけど、最近多いのは、いろんな形をするオールラウンドプレイヤー。そうすると、「これもあるし、これもある」というふうに、どれでくるか対戦相手も分からないですから。でも、全部それぞれ進歩しているので、時間を振り分けてどこまでフォローするか、非常に難しくなっている。将棋は、選択肢がたくさんあったほうが戦いを有利に進めやすいという利点はあるのですが、あまり幅を広げすぎると全部フォローするのが難しくなる。もちろん、時間をたくさん費やして考えるのも大事なことですが、それをどこに費やすかもすごく大事ですね。

定跡の研究でいうと、変化を全て調べ尽くすのではなく、この人がこう指しているからこれで大丈夫なのだろうということですね。そう考えてそのまま指して失敗すると後悔するわけですが、全部の手順を調べるのが不可能である以上、そういうことが起こる確率をできるだけ小さくする手段として誰かを信頼して指すことにしているのでしょう。ただ、ある戦形においてどの棋士が信頼できるかはファンの間でもある程度は知られていることですので、対戦相手も同じ棋譜を見た上で手順を選んでいると考えなければいけません。そのような状況でどこで差をつけるのか、その点はこのインタビューではわかりませんでした。

渋滞を抜け出すために何をすればよいかはわからなくても、一つ言えることはあります。

猛スピードで突っ走ってきた、と。そのとき、その瞬間は非常に充実感もあるし、自信も持っている。しかし、あるところからニッチもサッチも一歩も前に行かなくなる。でも、後ろからドンドン来る。そこで前と同じ気持ちで、同じテンションで、同じ集中力で、それを続けることができるかどうか。それが大きな問題なのです。

結局のところ、努力を続けられること。それが才能ということです。逆に言うと、これからプロになろうとする人、プロになった人が「続けられる」ような環境を整えることが、これからの将棋界に求められると言えようかと思います。その意味で、私が気になっているのが次の部分です。

今、将棋の世界では三段から四段になるのが一番厳しい。ここを抜けるというのがすごく大変。だから、三段の人はすごく将棋の勉強をしている。四段になるとちょっと気が緩むという傾向がある。そこでホッとする。そこで給料も出るし、突然待遇も変わる。でも、ここからが勝負なんです。

境目で継続が損なわれるとするなら、それは損失につながっているはずです。これからの制度改革でその点が改善されるといいなと思います。

さて、それとは別の観点で、同じ特集に登場していた梅田望夫氏が書いています。

そして「この十年」くらいは、将棋のトップ・プロからではなく、若手から「画期的作戦」が編み出されてきた。将棋の世界はこれまで、「将棋の王道」という名の「常識」や「様式」に縛られ、若い人が何か自由な発想で将棋を指そうとすると「邪道、異筋、異端者扱い」され、「破門」されることはないまでも「叱責」される世界だった。でも最近は、若い人が自由な発想で挑戦できる風土に変わってきた。だからこういう変化が生まれたのだと羽生さんは考える。そこで、はてなの雰囲気と奨励会の雰囲気が似ているという話につながってくるわけだ。「この十年」の社会変化をドライブしてきたネットやITの革新が、将棋の世界に大きな影響を及ぼしたのだと羽生さんは見ている。

角換わり一手損を始めたのはという話をし出したりすると違うと思える部分もありますが、かなり大雑把にはそういう傾向はあるような気はします。テレビで解説者が「昔なら破門されるような手ですが」とか「アマチュアの方には解説しにくい手ですが」とか言っているのは最近よく聞きます。将棋界では、何を指そうが勝てば結果が認められるという美点があります。これ自体は一応昔からの伝統で、振り飛車穴熊もプロ棋士の間で指され始めたころは邪道扱いでした。そういう意味では、チャレンジそのものではなく成功したチャレンジだけが賞賛されるということかもしれません。しかし、チャレンジが失敗しても、敗戦という結果を除いて責任を負う必要がない状況にはなってきていると思います。いろいろな挑戦の中からうまくいくものがだけが生き残る過程がより良い戦術を生み出していく。そういう正の循環が生まれるといいですね。

*1:ただ、棋譜データベースについては、現在でも多くの棋譜が非公開になっています。このような財産を持ち腐れにしないことが今後の課題と言えるでしょう。