名人戦契約問題についていろいろ(44)

昨日のリンクは名人戦契約問題についていろいろ(43)にまとめてあります。下は本日のリンクです。

毎日新聞社の単独主催案を否決

今回の話題は各紙の一面で取り上げられたほか、テレビ番組でも扱われたようです。大きなニュースのなかった日だったこともありますが、それだけ注目されたということですね。で、結果は以下のようでした。

この度、2006年8月1日(火)午後1時より、東京・将棋会館隣りの「けんぽプラザ」3階にて、平成18年度臨時総会を開催しました。出席者は192名(含委任状36通)。(2006年8月1日現在 会員数195名)。

名人戦主催につきましては、本日棋士の投票により下記の通り決定しました。投票方式は毎日新聞社の申し入れの通り、毎日案を支持するか否かの採決をいたしました。

毎日案を支持する 90票

毎日案を支持しない 101票

有効投票数191票

毎日新聞社の申し入れの通り」ではなくて「5月26日の決議の通り」と書くべきところではないかと思いますが、それはともかく、上のように毎日新聞社の提案は否決されました。2007年に始まる順位戦および、2008年に行われる名人戦から主催社が朝日新聞社に移管される公算が非常に高くなりました。私にとってはやや意外でしたが、内部の人には予想されていた結果だったのでしょうか。なお、読売新聞8月2日付朝刊によれば、「表決方法は毎日案を『支持する』『支持しない』のどちらかに○をつける無記名投票」だったそうです。

この決議で決まったのは毎日新聞社の提案に従う契約を行わないというだけで、その後のことについては特に規定されていません。しかしこれまで言われてきたとおり、次は朝日新聞社日本将棋連盟の交渉の段階に移ることになります。朝日新聞社の提案は以下のようなものでした。(なお、両者の案の比較は上のサンケイスポーツの記事にわかりやすく書かれています。)

朝日新聞社は今年3月17日付で(1)名人戦契約金は年3億5500万円(2)将棋普及協力金として年1億5000万円支払う(3)朝日オープン将棋選手権に代え、年4000万円の契約金の棋戦を実施――という5年契約の条件を提示した。

7月10日の記事ではこの提案が「非公式」とされていましたが、今回はそのような表現がなくなり、この案を基本に交渉が行われるものと思われます。日本将棋連盟理事会は共催の提案もしているようですが、これはさすがに言ってみただけでしょう。

交渉の結果として最終的な提案が出てきたときに、もう一度その提案を表決するのかどうかは今のところ不明です。毎日案にも朝日案にも反対で共催案にのみ賛成みたいな棋士がいると話がややこしくなるのですが、そういうことがなければ表決なしで契約してしまうのでしょうか。

有力棋士の動向

羽生善治三冠と森内俊之名人が事前に毎日新聞社支持の表明をしたことはすでに触れました。そのほかの棋士の書いたものは昨日および本日のリンク先にありますので、読んでいただければ判断できる部分もあるかと思います。

そのほかの棋士については、読売新聞8月2日付朝刊に次のような記述があるのが目を引きます(西條耕一記者の記事です)。

この問題が公になった4月から、棋士と何度深夜まで語り合ったことだろうか。棋士の考えは、「理事会が朝日に移したいという事情は分かる。でも毎日にいきなり契約解消通知を送りつけるやり方はひど過ぎる」で一致していた。

あるタイトル保持者は以前から毎日・朝日の共催案を強く推していた。後輩たちが「毎日が受けないから無理ですよ」と説得しても、「朝日は将棋文化のためにこれだけのおカネを出すと言ってくれてるんです。ほかに選択肢はない」と繰り返し、何度も泣いた。

酔った若手棋士が、店を出た後、「毎日さんにおわびします」と車道に倒れ込んだこともあった。

棋界の未来を憂う棋士にはつらい期間だった。今後、朝日単独になるのか、共催になるのかは分からないが、多くの棋士を悩ませ、苦しめた連盟理事会は今一度、交渉の拙劣さを反省してほしい。

タイトル保持者は現在4名しかいません。そのうちの誰かに関して上のようなエピソードがあったということです。うーむ、誰にしてもあまり想像できない姿です。

また、産経新聞では次のような記述が出ています。

会場では、投票前に若手棋士から「羽生さん、森内さん以外のA級棋士の考えも聞きたい」という声があったが、谷川浩司九段と佐藤康光棋聖が立ち上がって「どちらかは言えません」と答えたという。「この2人がはっきりと表明しなかったことで微妙に影響したかもしれない」と話す中堅棋士もいたが、その谷川、佐藤両棋士はノーコメントだった。

「言えない」が答えということですね。どちらかはともかくとして、羽生・森内とは異なる態度を表したわけです。

36通の委任状

今回の投票に関して注目を集めているのが、36通も集まった委任状の存在です。5月26日の通常棋士総会での23通というのも多い印象ですが、さらに増えたことになります。11票という票差に対して、36通という委任状の枚数は情勢を決するだけの重みがあったことは間違いありません。

読売新聞の8月2日付朝刊では次のように書かれています。

理事は弟子も多く、朝日支持で結束する一門もあった。

最終的に勝負を分けたのは、1日の臨時総会に向けて、理事会や朝日支持の棋士が集めていた委任状を中心にした組織票だった。36通の委任状のうち少なくともベテラン棋士中心に20通以上が、毎日案の否決に使われたと見られる。

「謝礼の高い連盟主催のイベントへの出演を決めるのは理事会。考え方が理事会寄りになる棋士が多いのはやむを得ない面もある」と中堅棋士は解説する。

36通のうち20通だけなら大した差ではないので、この記事の趣旨としてはもっと多くの委任状が否決に使われた可能性が高いということなのでしょう。共同通信発とみられる記事では次のように書かれています。

理事会は勝利の確信があった。結果を大きく左右したのは委任状(36通)だとみられる。委任状は事実上「理事会一任」といわれ、理事会側は総会前に基礎票を得ていたことになる。しかも、毎日側は委任状を約20通と読んでいたが実際と16通もの差があった。

陰で大きく影響したのが投票権のある引退棋士39人の存在だった。将棋祭など地方のイベントを優先的に配慮したり、観戦記の手配、「もち代」と称する臨時ボーナスなど、無給となったこうした人たちを優遇。理事会はこの“財産”を生かした。「理事会のメンバーにはお世話になっているから…」。引退棋士からは理事会への「恩義」を毎日への「恩義」より優先する声が漏れた。委任状と合わせた票の多くが理事会側に流れたとみられる。これが小差の勝負の分岐点だった。

こちらも読売新聞の記事と符合する内容となっています。

もし出席する意欲もないような人から無理矢理委任状を取り付けるようなことがあると問題ですが、本人が明確にどちらかを支持する意思をはっきりさせているならば、事前に議題の内容が固まっていたことを思えば委任状を使うこと自体は特に問題ないでしょう。例えば、森信雄六段はそのように委任状を利用したことをウェブログに記しています。

上の2つの記事について、米長邦雄永世棋聖は次のように記しています。

委任状 投稿者:米長邦雄 投稿日: 8月 2日(水)13時27分22秒

昨日の総会決議の報道では、故意に作られたものもあります。

その中でも委任状については、はっきりとさせておきたい。当日欠席した人が出席者に代理投票をしてもらうのですが、36名おりました。

理事会が一致団結しているのは当然です。しかし片方の新聞社のために引退者を主に委任状を集めたというのは作り話です。

私の推測ですが、36票は毎日案支持をした方が多かったのではないかと思われます。

「作り話」と「推測」は、この文章を見る限りあまり違わないような気がします。まあ、理事会が集めたのではなく、理事の棋士が集めたと思えば特に矛盾はないのかもしれません。武者野勝巳六段の7/12棋士会メモ(主な質疑応答1)によれば、「理事としては運動しないが、棋士個人としては運動する」という理事もいたそうですし。

今回の決定の持つ意味

すでに何度も書いているとおり、朝日新聞社を選ぶと日本将棋連盟にどのようなメリットがあるのか私にはいまだにわかりません。朝日新聞社の提案によれば普及協力金および臨時棋戦は5年間で終了しますので、その後は日本将棋連盟の収入は現在よりも減少します。お金の流れで言うと、将来の収入を先食いするということになりますね。つまり、負担の先送りです。先の長くない棋士は負担の先送りは歓迎でしょうけど、若手棋士にとっては将来大変になるでしょうね。上で触れた委任状の話は、本当はそのような世代間のギャップが問題になってくるのではないかと思いました。

赤字続きの日本将棋連盟は体質改善が急務でした。今回の決定で朝日新聞社の提案が通れば、5年間の猶予期間が与えられることになります。負担の先送りは、改革の先送りでもあります。臨時総会 瀬川晶司のシャララ日記瀬川晶司四段は「良かれ悪かれ、現状維持よりも大きな変化を望んだ棋士が多かったということでしょうか」と書いていますが、形式面ではそういうことでも、実質的には現状維持を望んだのは否決に回った方でしょう。

順位戦はこれからどうなる

猶予期間が与えられたとはいえ5年間というのはそれほど長くありません。急いで改革を進める必要があるでしょう。それができないと、その先は現在よりさらに厳しい危機が待っています。将棋界の改革というのは、事実上順位戦改革と同義です。

実は、最初に名人戦移管の話を聞いたとき、この機会に順位戦改革が進むのではないかという期待を持ちました。こういう機会でなければできないことはいろいろあると思います。朝日新聞社ももちろんプランを用意しているのでしょうけども、すでにいろいろな人がいろいろな提案をしていますよね。

よくある話としては、昇級枠・降級枠の拡大。このくらいはやらないとどうしようもないでしょう。ほかにもいろいろあると思います。

それから、別の話としては臨時棋戦がどんなものになるのかも気になるところです。朝日オープンのかわりということで、その遺志?を受け継ぐようなものがいいと思うのですがどうでしょう。イメージとしては、トーナメント戦でオープン参加という感じですが。

他棋戦への影響は

まずクローズアップされるのが、スポニチ毎日新聞共催(掲載はスポニチ)の王将戦がどうなるのかです。毎日新聞社は提案の中で「名人戦と併せて王将戦(契約金7800万円)を継続する」という条項を盛り込みました。これが否決されたということは、日本将棋連盟王将戦が継続しなくても文句を言えない状況になったと解釈できます。ただし、毎日新聞社は提案否決を受けてのコメントで次のような発言をしています。

また森内俊之名人、羽生善治王将をはじめ、棋界をリードする有力棋士の皆さまが、我々の提案への支持を表明してくださったことにも、改めて感謝いたします。長年にわたって培ってきた棋士の皆さまとの信頼関係、将棋ファンの皆さまからの応援は、報道機関にとって何物にも代えがたい宝です。

毎日新聞社は今後も、伝統文化としての将棋の興隆に貢献していきたいと思っております。

このコメントからして、毎日新聞から将棋欄がなくなることはなさそうです(縮小はあるかもしれませんが)。そこに王将戦棋譜を載せるというのも選択肢の一つでしょう。しかし、「今回の経緯と結果を踏まえ、今後の日本将棋連盟との関係につきまして総合的に検討していきたいと思っています」というコメントを見ると、日本将棋連盟との関係を完全に断つというのも選択肢の一つになるでしょう。その場合は、アマチュア棋戦の棋譜を載せるとかいうことになると思われます。

日本将棋連盟にとって見れば、現状維持の金額で王将戦が継続されれば満足でしょうね。個人的には、スポニチ毎日新聞の両方に王将戦が載るというあたりが希望です。

次に、他社の棋戦についても、影響はあるでしょう。読売新聞の記事には次のようにあります。

朝日提示の契約金は読売新聞社主催の竜王戦契約金(年3億4150万円)を上回っているが、米長会長は「タイトル戦1位は竜王戦」と改めて表明した。

タイトルの序列はややこしいので、現状についてまず簡単に解説します。まず大きな序列として、「竜王=名人>その他のタイトル」というランク付けがあります。例えば、現在森内名人は棋王のタイトルも持っていますが、名人が優先されるため肩書は「名人」となっています。この大きな序列に加えて細かい序列もあり、「竜王・名人・棋聖・王位・王座・棋王・王将」の順となっています。これは現在の契約金額の高い順であり、日本将棋連盟サイトなどで棋戦が紹介されるときの序列に使われるほか、竜王と名人を同時に獲得した棋士は「竜王・名人」という肩書になるという部分に利いてきます。

つまり、現状は大きな枠組みでは竜王と名人は1位タイなのですが、細かくいうと竜王が単独1位という状況です。上の米長永世棋聖の発言はこのどちらについてのものなのか、それが問題です。前者だとすれば普通の話ですが、後者だとすれば契約金額が逆転しても序列が変わらないということになり、他社が契約金額を上げる必要性が低くなるでしょう。

そして、他社がこのようなドタバタを見せられれば、次は自分のところではと疑心暗鬼に駆られても不思議ではありません。今回、読売・産経・共同が日本将棋連盟理事会に批判的な記事を掲載したほか、日経もそのような影響について言及しています。そのような意味でも、今回の問題はマイナスの部分が大きかったと言えます。

私の感想

今回の理事会の動きがまずかったというのは衆目の一致するところだと思います。一応私は名人戦をお金で売ることは不可能ではないという考えではあるのですが、それにしてもということが多すぎました。大きくわけると、次の3つに集約されると思います。

  1. 動き出しがまずかった。それ以降もおかしな動きがいろいろあって、イメージダウンを増幅した。
  2. それに伴って毎日新聞社の態度を硬化させてしまい、名人戦移行後に毎日新聞社が協力してくれる見込みが薄くなった。
  3. 上の2つのマイナスを打ち消せるだけのお金を朝日新聞社から引き出すことができなかった。

まあ、6年目からは現状よりもマイナスなので打ち消すも何もないのですが、今後の交渉で3番目の部分は評価が変わる可能性はないわけではありません。

そしてさらに、一度移行したらもう移行できないわけで、切り札をこういう形で使ってしまったことは今後の運営の柔軟性を失わせる結果となるでしょう。そのように選択肢の狭まった状態で、いかにして間違えずに改革を進めていけるかどうか。今度こそ間違えたら終わりという気がしています。何にしても今後の将棋界を支えていく人たちががんばるしかないわけで、どうにかうまくいくよう祈っています。

まだ書こうと思っていたことがあった気がするのですが、後日思い出したらまた書きます。

最後に

自分は初期の頃から、毎日支持で来ました。理事会の手法に疑問を感じていたからです。今回、こういう結果になった事を受け止めて、このブログもこの記事で最後にしたいと思います。これからも一流棋士に成る事を目標にしていきたいと思います。

今まで駄文に付き合って頂いてありがとうございました。今後も将棋界の応援をよろしくお願いします。

大平武洋四段がウェブログの更新をやめるということなのでしょうか。名人戦の話をするのをやめるともとれますが。前者だとすれば残念に思います。