女流棋士が日本将棋連盟から独立へ

日本将棋連盟に所属する女流棋士会藤森奈津子会長)が12月1日に臨時総会を開き、独立の道を求めることが25日、明らかになった。

将棋連盟を離れることには女流棋士の間でも反対意見があるが、同総会では独立の方向で意見集約されるのが確実な情勢となっている。

報知などの記事によると、独立は今年春頃から検討が始まったようです。また、事務所や対局場は現在の将棋会館とは別の場所を確保するようです。

よくご存じない方もいると思うので基本的なところから書くと、囲碁とは異なり、将棋の女流棋士は男性のプロ棋士とは全く別枠の制度となっています。奨励会を勝ち抜けば女性でもプロ四段になれるのですが、惜しかったことすら現在に至るまでありません。別枠のため、女流棋士は男性のプロ棋士に比べて待遇がかなり悪くなっています。

将棋の女流棋士は、1974年に女流名人位戦の創設とともに6人で発足。現在では現役プロだけで50人を数えるが、男性棋士のように社団法人である同連盟の正会員ではないため、同連盟の棋士総会での議決権も傍聴権もない。毎月の基本給がないうえ、厚生年金にも加入していない。

対局料だけでは年収100万円にも満たない女流棋士も多く、待遇面での改善を求める声が強かった。

このあたりの話題については、このページでも過去に何度か触れてきました。

このあたりの話に移る前に、今後の展開について少し検討してみます。

神崎健二七段が指摘するように、「将棋連盟との調整、主催新聞社等との調整、女流棋士内部での調整」が目下の課題となるでしょう。まず、第3の女流棋士会内部での調整は、上で引用した共同通信の記事によると意見集約できる見込みのようです。次に、第1の日本将棋連盟との調整については、渡辺明竜王は「この種の話は前々から聞いていました」ということですし、先週の大和証券杯新設でも女流棋戦を行う予定という発表があったことを考えると、女流棋士が脱退しても日本将棋連盟との協調関係を保っていくことは内諾が取れているのだろうと思います。また、朝日新聞の記事には次のような記述がありました。この独立が日本将棋連盟理事会からの提案だったとすると、独立後も協調関係を保つことは当然の成り行きでしょう。

「独立」については、財政改革を図る将棋連盟の理事会側からの提案もあり、女流棋士会の役員らが検討してきた。

最後に、スポンサーとの調整は、さすがに先立つものがなければ始まらないのできちんとすませてあるのだろうと思っています。第一報が出たのが女流名人位戦のスポーツ報知からだったので、少なくとも報知は認めているのでしょう。他のスポンサーもこれを拒否する理由は考えにくいように思います。男性棋戦の女流枠は今のままになるのでしょうかね。

独立して何が一番変わるのかというと、「現行ではスポンサーから連盟に支払われている女流棋戦の契約金を直接受け取って自主運営する」ということが新聞記事で書かれていますが、私は女流棋士が本当の意味で「プロ」になるということが大きいのではないかと思います。

こういう書き方では女流棋士が「プロ」ではないように聞こえますが、将棋界ではそのような考え方は意識的・無意識的に広まっているように私には思われます。ほんの一例を挙げると、将棋世界8月号では片上大輔五段が「プロとは何か」という一節の中で次のように書いています。この定義では女流棋士は「プロ棋士」ではありません。

「プロ棋士」の定義ははっきりしている(日本将棋連盟の正会員だ)が意義ははっきりしないし、すくなくとも自分はこれまでは考えたこともなかった。

誤解のないように書いておくと、この文章は注意して書かれており「プロ棋士」がきちんと鍵括弧の中に入っています。つまり、一般的に使われる「プロ棋士」とここでの「プロ棋士」は違うかもしれないという留保を読みとることが可能です。このコラムでは女流棋士は視野の外にあったので、紙数に制約のある中で不必要に注釈を増やさない方がよいと判断したとすればそれも正しいと言えそうです。しかし、このように配慮のない言説も目にしたことがある方が多いのではないでしょうか。

とはいえ、女性を差別する考え方が背景にあるわけではないということは強調しておくべきかもしれません。畠山成幸七段は次のように書いています。

午後にニュースチェック。 一つのニュース、前から聞いてた事なので驚かなかったが、私の所属組織(日本将棋連盟)が男尊女卑のように書かれているので、反論。

男性の将棋棋士に厚生年金などの保証があるのは、プロ棋士養成機関を抜けた事が条件で、もちろん女性でも外国人でもプロ棋士養成機関を抜ければ社会保障は受ける事ができる。

一部の報道にある、女性だという理由だけで社会保障を受けさせていない訳ではない。

勝負の世界なので馴れ合いを疑われる事は書くべきではないけど、これだけは。 今まで何人かの同業者と飲んだ時、(無論、そんな馴れ合い的な事は滅多に無いです。) 男尊女卑的な考えの人は一人もいなかった、一部報道にある、男尊女卑思考を持った組織ではありません。

「男尊女卑のように書かれている」記事があったようには私には感じられませんでしたが、そのように誤解されてはたまらないでしょうから、否定しておくにこしたことはないと思います。実際、私がこれまで読んできた将棋関係の記事であからさまに男尊女卑的な考え方が開示されているものにお目にかかったことはありません。男女平等の意識が浸透しているかと問われると何とも言えない部分はありますが、日本の平均的水準くらいの意識はあるというのが私の感覚です。もちろん、日本将棋連盟の「プロ」制度も性別に関して中立的になっています。

しかしそれにもかかわらず、奨励会を勝ち抜く女性が現れる気配すらいっこうに感じられないのはどうしてか、真剣に検討されるべきだったと思います。私が考えるに、男尊女卑でないという程度ではだめだったということではないでしょうか。

女流棋士の待遇が悪いのは女性だからではないというのは正しい認識です。女性だからではなく、「プロ」でないからなのですね。ここで言う「プロ」とは片上五段の定義にあったとおり、日本将棋連盟の会員、つまり棋士総会で投票権を持っている人のことです。女流棋士投票権どころか、傍聴を認められてもいません。そこで決定される事項には女流棋士の生活に直接関わるものが含まれるにもかかわらずです。女流棋界の抱える問題で触れたように、これまでに女流棋士の側からそういった部分での決定権を求める発言がいくつかありました。別の言い方をすれば、女流棋士(の一部)は「プロ」になろうとしていました。しかし、日本将棋連盟においてそれは認められなかった。そういうことだと私は解釈しています。

今回、女流棋士が独立して自分で組織を動かすようになれば、女流棋士は名実ともにプロとなります。男性棋士日本将棋連盟とは協調しながらも競い合う関係になってほしいと思います。将棋の実力は及ばないにしても、プロ意識で上を行くことは十分可能なはずです。見ている限り、女流50名と男性棋士の下の方50名を比べたら、プロ意識は女流の方が上だと思います。プロとして何をするのかという原点を忘れなければ、必ずやうまくいくだろうと期待しています。

眠くなったので今日はこの辺で。