長編詰中将棋の可能性
楽しい詰将棋の世界の山口成夫氏が、「馬鋸10往復、480手超え、しかも詰上り3枚」という作品「野生の馬」を公開しています。*1といっても、普通の詰将棋ではありません。タイトルにもあるとおり、詰中将棋です。
まず中将棋をご存じない方も多いでしょう。中将棋のルールなどの詳細については、もずいろ リンク集にあるサイト等を参照願います。*2
中将棋は現在指されている将棋の親戚のようなゲームです。主な違いを列挙すると次のような感じでしょうか。
- 盤は縦横12ます。計144ます。
- 駒数は合計92枚。
- 持駒はなく、取られた駒は再利用できない。
- 飛車・角行のようにまっすぐ動ける駒(走り駒)が多い。
- 獅子や太子など特殊な駒が存在する。
中将棋に始まって、大将棋、……、大局将棋に至る系列をご存じの方もいらっしゃるかもしれません。*3中将棋はその中でも実際に愛好されていた唯一の将棋です。特に江戸時代には広く指されていた時期があり、詰将棋図式集「将棋無双」で有名な三代伊藤宗看は詰中将棋図式集「中将棊作物」を創作したものごく自然なことだったのでしょう。
この「中将棊作物」は詰将棋おもちゃ箱で公開されていますが、まだ解答の知られていない作品が多数残されています。中でも、最終の第五十番は2080手を越えるとされており、どのような作意なのか興味深いところです。私は1667手で詰む手順を考えましたが、よくわからない変化があるので、どなたか考えて下さるとうれしいです。
そのように詰中将棋でも大きな足跡を残した三代宗看でしたが、その後中将棋があまり指されなくなったためか詰中将棋の歩みも止まってしまいます。三代宗看のいた17世紀の後、20世紀まで、詰中将棋の歴史は空白だったと言って差し支えないでしょう。他方、普通の将棋においては、20世紀に詰将棋が飛躍的な発展を見せました。一例を挙げれば、月刊誌詰将棋パラダイスは多くの愛読者を抱え、また数々の名作を送り出してきました。
詰将棋と詰中将棋の間の歴史の差を考えると、詰将棋で開発され発展してきた様々な手法を詰中将棋に応用することで、新たな表現をすることが容易に可能であろうと考えられます。2001年5月に私はそのような考えで次のような詰中将棋を作ってみました。
長編詰将棋で古くからよく使われる手法に馬鋸と呼ばれるものがあります。これは馬をのこぎりのように動かして位置を変えるのですが、上の詰中将棋では馬のかわりに飛鷲(ひじゅう、龍王の成駒)を用い、若干複雑な動きを実現しています。
この詰中将棋は123手詰です。これは普通の詰将棋であれば十分に長い手数ですが、詰中将棋ではそれほど長いというほどではありません。事実、飛鷲は一往復しただけですから、もっと工夫すれば手数はまだまだ延びると思われます。そこで今度は、馬鋸と同様に古くから使われてきた手法の龍追いを応用することにしました。*4それが下の詰中将棋です。
これは龍で玉をぐるぐると追いかけて詰ましています。なぜ何周もしなければならないのかという理由付けは、と金を順に取るためということで明快です。
この詰中将棋は515手詰です。普通の詰将棋で500手を越えれば相当なものです。*5しかし詰中将棋では、このように単純な仕掛けで500手を越えてしまうわけです。
このように既存の詰将棋の手法をそのまま詰中将棋に応用するだけでも、かなりの長手数の作品になることがわかります。中将棋では持駒を使えないという制約があるため、どのような作品でも中将棋に移植できるわけではありませんが*6、馬鋸や龍追いなど応用できるものは数多くあります。個人的な考えでは、才能ある作家が本気で取り組めば3000手には到達できるのではないかと思っています。*7
そんな中で、山口成夫氏が楽しい詰将棋の世界で長編詰中将棋を発表したことは一つの契機になる出来事と言えます。氏の「野生の馬」は駒場和男氏の「ギアチェンジ」を応用したものとのことです。私は「ギアチェンジ」を見たことがないのですが、馬鋸の筋を切り替える意味付けが明快で、見事なできばえと感じました。私の作ってみただけのものとは違い、詰将棋を詰中将棋に本格的に応用した最初の例として後々まで記憶されるべき作品と思います。*8
2002年7月20日に行われた第18回詰将棋全国大会のシンポジウムの中で、橋本孝治氏は「21世紀を詰中将棋復権の世紀に
」と提言しています。現在までの詰将棋の発展を考えれば、それは十分可能なことだと私は考えます。
*2:と思ったら、spacemanのページ( http://comet.endless.ne.jp/users/et-x/ )が消えています。レベルの高いサイトだったのですが、どうしてしまったのでしょう。
*3:それぞれについての詳細は、ボードウォークコミュニティ ゲーム資料館 将棋や『改訂版世界の将棋』(梅林勲・岡野伸 共著、将棋天国社)などを参照下さい。
*4:龍追いは「中将棊作物」第五十番でも使われている手法ですが、このときはまだその作品を知りませんでした。
*5:詰将棋おもちゃ箱の超長編作品リスト(完全作)によれば、現在までに500手を越える詰将棋は16作しか発表されていません。
*6:例えば、「ミクロコスモス」や「メタ新世界」は持駒変換の手法を利用しているため、そのまま中将棋に応用することはできません。
*7:さらに個人的な考えを述べれば、そのような超長手数は複式馬鋸で達成されると予測しています。中将棋では馬が4つ(生の龍馬が2つ、角行の成駒が2つ)ありますから、いろいろな工夫がやりやすいでしょう。
*8:中将棋に興味ない方も、ぜひ一度ご覧になってみて下さい。変化はほとんどない手順なので、画像を見ながら頭の中で手順を追えると思います。