囲碁と脳の関係

実験には、囲碁教室に通っている9人の小学生が参加し、赤外線を使って脳の血流の状況を測定する光トポグラフィという装置を使って、対局中の脳の働きを調べました。その結果、創造性や感情抑制などをつかさどる大脳の前頭前野といわれる部分に血液が多く流れ、対局中は、この部分が強く働いていることがわかりました。前頭前野の活動は終盤よりも序盤や中盤が活発で、難しい局面になると活発になる傾向があったということです。また、パソコンでコンピューターソフトを相手に対局した場合は、碁盤を使って人間と対局した場合に比べて活動の程度が低いこともわかりました。研究グループは今回の実験結果を詳しく分析して、前頭前野の中でも何にかかわる部分がより活発に働いているか調べることにしています。東北大学川島隆太教授は「囲碁を打つことで、前頭前野が強く働くことが初めてわかった。特に人間相手にコミュニケーションしながら楽しんで打つとより効果が高いこともわかり、教育に生かすことができるのではないかと考えている」と話しています。

2005年12月1日に日本棋院で「囲碁と脳に関する研究」で紹介した研究成果の一部です。今回の結果からどのような結論が導き出せるのか、慎重に仮説を検証していく必要があるでしょう。

川島隆太教授のコメントを記録しておきます。

前頭前野をどうやって働かせるかというときに、やはり生活の中でコミュニケーションというのがキーワードになります。ですから碁を打っているときも、自分の世界に入っちゃって手しか見てないときよりは、相手の顔を見ながら相手がこんな表情しやがった、というのをですね、見ているときの方がより活性化する。」

「高齢者の方や認知症の方々の脳の働きを良くするという手段として、碁が使えるかもしれない。それから子どもたちの様々な能力を伸ばすために、碁というものがトレーニングとして使えるかもしれないという仮説にたどり着けるだろうというふうに思ってます。」

少し検索してみたので、とりあえずリンクだけ。

2月16日追加

NHKの報道について

12日の時点ではきちんと書きませんでしたが、すでにNHKの記事がウェブ上で見られなくなっているので改めて。

上で引用したNHKの記事は、一つ目の引用がウェブ用に要約されてテキストの形で掲載された文章。二つ目の引用が、ニュース映像中で川島氏が話していた言葉を私が聞き取って書き起こしたものです。よく読むと両者に微妙な違いが見られることがわかると思います。

テキストには川島氏のコメントとして「教育に生かすことができるのではないかと考えている」という部分がありますが、画面上での正確なコメントは「碁というものがトレーニングとして使えるかもしれないという仮説にたどり着けるだろうというふうに思ってます」となっています。このコメントを聞く限りでは、「教育に生かす」かどうかはまだ仮説の段階にも至っていないということで、川島氏はまだ結論を急がない姿勢を保っていると受け取れます。確かに、これだけの実験で囲碁が「教育」にあたえる影響について結論を出すのは性急でしょう。この点で、NHKの要約は適切でなかったのではないかと考えます。(ただし、番組で使われなかった部分で川島氏がテキスト要約にあるような発言をした可能性は否定できません。そうだとしたらその部分を番組で使わなかったことを疑問に感じます。)

もう一つ正確性を欠いていたと思うのは、「囲碁で脳の前頭前野が活発に」という見出しです。テキストの要約では「大脳の前頭前野といわれる部分に血液が多く流れ、対局中は、この部分が強く働いていることがわかりました」とあるのですが、番組中でアナウンサーは「活発に働いたり休んだりを繰り返している」という言い方もしていました。上の書き方では対局中はずっと前頭前野の活発度が増しているように受け取れますが、実際にはそうではないわけです。また、この見出しでは活発であることが無条件に良いことであるように見え、そのような受け止め方を前提に感想を書いている人をいろんなところで見かけましたが、川島隆太教授の研究「高齢者の脳を活性化させる作業とは」では川島氏の見解として次のような記述もあり、活発であればそれで良いという見方は単純すぎることがわかります。

しかし、いくら脳の活性化が知能の改善や防止に役立つといっても、いつも脳を活性化していればよいと言うわけでもありません。脳を最大限働かせた後はリラックスさせる必要があるので、そういう意味では脳を沈静化させるアクティビティが有効です。

科学を専門としないマスメディアでのこういった報道には、誤りとまでは言えないとしてもミスリーディングな部分が含まれていることはそれほど珍しくないと思います。見る側もそういったことを意識しながら見る必要があるということでしょう。

なお、川島氏は現在NHK知るを楽しむ NHK教育テレビ 月〜木曜日 午後10:25〜10:50で月曜日に「脳を鍛える」というテーマで番組を受け持っています。

光トポグラフィについて

この実験で使用された光トポグラフィについて、簡単に触れておきます。

光トポグラフィは脳の中の血流を計測する装置です。この装置の原理は、近赤外線を頭部の表面に照射しその反射光のわずかな強弱を検出することで血液量を見るというものです。似た目的で使われる装置には他にfMRI(functional magnetic resonance imaging) やPET(positron emission tomography)がありますが、これらに比べて光トポグラフィは座ったままの計測が可能なため他の作業をしながらの実験が行いやすく、また比較的装置が簡素で安価であるという特長があります。しかし、そのかわり脳の表面に近い部分しか計測できず、また空間分解能やや粗いという制限もあります。

2月19日追加

大阪ガスでの実験について

この実験がどのように位置付けられるのかを考えるために、2004年から05年にかけて川島隆太教授と大阪ガスが共同で行った実験を見てみます。

表題の通り、料理することで「脳が活性化」するという実験で、今回のニュースで囲碁を打つことにより脳が活発になったと言われたことと呼応しています。

大阪ガスでの実験は2回に分けて行われました。

1つ目の実験は、調理中の脳を光トポグラフィを用いて計測するもので、今回囲碁に関して報道のあった実験と基本的に同じもののようです。ただし、計測対象は調理に関しては成人女性および親子、囲碁に関しては小学生と異なっています(囲碁に関してはまだすべての実験が終わったわけではないので、別の対象に関して似た実験が行われる可能性はあります)。結果、いずれの場合も「前頭連合野の活性化を確認しました」ということです。

2つ目の実験は、高齢の男性に3ヶ月の間継続的に調理を行ってもらい、その前後で脳機能を計測して変化を観察するものです。ここで言う「脳機能」ということばの定義は厳密なものがあるのだとは思いますが、調べていないのでよくわかりません。具体的には例のゲームソフトのようなことをするのだと理解していただけばいいと思います。結果はすべての分野について得点の向上が認められました。

このような流れを見ると、囲碁に関する実験でも上記の2つ目の実験のようなことをするのかなと思います。

実験の解釈について

上記の実験について大阪ガスは、料理をすると脳を鍛えられます外食しないでもっとガスコンロを使いましょうと言っているわけです。一連の川島氏の実験で、

川島教授は単純計算や音読、他者とのコミュニケーションの行為が、左右の大脳半球の前頭連合野を活性化し、脳機能を発達、改善させることを実証されています。

ということになっているのですが、ある行為が「前頭連合野の活性化」と「脳機能を発達、改善」の両方をもたらすことがわかっても、それだけで前者によって後者がもたらされるとは言えません。私の理解が正しければ、それは川島氏の学説であり、現在様々な行為に関して計測を繰り返すことにより傍証を集めているということです。

ただ、ある行為が認知症の改善・予防に役立つかどうかは脳の機能とどう関連するかということとは関係なく確かめられますので、その意味で川島氏のプログラムが役立つということは言えるのでしょう。このような方法は川島氏およびくもん学習療法センターによって「学習療法」という名前の商標を取得した上で実際に活用されており、それを応用したものがNintendo DSでミリオンセラーになった東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニングなどのソフトであるわけです。(認知症改善・予防以外に子どもの教育に役立つという話も少し触れられていましたがよく調べていません。)

そのように考えると、今回の囲碁に関するニュースで囲碁が「脳を鍛える」という解釈をするのはやや行きすぎのような気がします。大阪ガスの2つ目のような実験の方が直接的で重要だろうと考えます。

全体を通して私が違和感を覚えるのは、行為がもたらす直接的な効果ではなく「脳の活性化」に注目が集まることです。川島氏は脳を研究していますから脳について強調するのは当然のことですが、報道する側が脳についてばかり言うのはどうだろうかと。「脳」というだけで何か説得力が生じるような風潮を感じます。脳についてはまだわからないことも多いので、実験を行う中でどのように結果を解釈していくかを慎重に見極める必要があると思います。

2月20日追加

囲碁を全く知らない小学生に囲碁を教えて、その前後で「認知機能」を見る簡単なテストを行い変化を観察する実験を行っているようです。結果が出るのは3月のようですね。