コンピュータ将棋は今後どのように発展していくべきか

囲碁ソフトに関する議論

先月から囲碁ブログ界隈で囲碁ソフトに関する議論が盛り上がっています。以下はその一部です。(書かれた順に並べたつもり。囲碁ブログはあまり読んでいないので、漏れがあると思います。まだほかにも面白いことを書いているページがありそうです。教えていただければ追加します。)

発端になったのは人より強いコンピューター囲碁を作ってどうしたいの? - コラム: 医療 不思議体験 グルメ 囲碁にある「将棋や囲碁を自力でするコンピューターの開発に違和感を感じている」という意見でした。その理由はいくつかありますが、上のリンク先の方で追いかけていただきたいと思います。

コンピュータ将棋ではこうした意見を私はほとんど目にしたことがありません。そのあたりは、将棋ソフトの実力がプロを越える見通しが現実的なものになってきているという、将棋界の置かれた状況の違いが反映されているのかなと感じました。言うまでもないことですが、コンピュータは神様になれないで触れたとおり、コンピュータが将棋もしくは囲碁の必勝法を見つけてしまうことは半永久的にないと考えられます。例えば、やや古い記事ですが、松原仁氏は「(初手から勝負がつくまでを計算するには膨大な計算力が必要になるので)おそらく半永久的にこれらのゲームの必勝法は見付からないのではないか」という発言をしています。コンピュータが人間の実力を上回ることとゲームの必勝法が見つかることは、きちんと区別して議論する必要があります。

10年・20年したらわかりませんが、現時点で囲碁ソフトの実力はまだ低いレベルにとどまっています。その点で、コンピュータを利用することでどのような新しい楽しみ方ができるかは、将棋ファンの方がよく知っていると言えます。今後さらに強いソフトが出てくれば、メリットはさらに拡大するでしょうね。

思えば、昨年2005年はコンピュータ将棋にとって大きな出来事がいくつもあった年でした。独断で選ぶ2005年の将棋界十大ニュースの第2位にまとめてありますので、興味ある方はご覧下さい。

このように、プロ棋士に勝つという目標が現実的になってきた現在、強さを究めるという方向だけでよいのかという問題提起が行われています。囲碁での問題提起とは正反対とも同方向とも言えるかもしれません。

現在の将棋ソフトはいくつかのタイプに分かれています。第1に最強の座を目指して世界コンピュータ将棋選手権などの大会でしのぎを削っているソフト群。激指・東大将棋・AI将棋あたりがここに属します。さらにもうすぐ製品版が発売になるBonanzaもここに入ってくるでしょう。(Bonanzaのフリー版は今後も公開され続ける予定となっています。)

これらのソフトは、売価が1万円前後で強さを売りにしており、それゆえに「世界最強」というような売り文句を付けられるかどうかが売り上げに大きく影響して来るという話を聞きました。

これに対し、強さよりも廉価さを売りにするソフトも多数発売されています。あまり詳しくありませんが、「バリュー将棋」とか「将棋の『殿堂』」とかのほかにも、上記の1万円前後の製品の古いバージョンが廉価版として発売されることがあります。家庭用ゲーム機の「SIMPLE1500シリーズTHE将棋」とか、「どこでもアソビ大全」とかもこの路線と言えます。

このように、現在の将棋ソフト業界は強さで住み分けられているのですが、近い将来それなりに強いソフトが簡単にできるようになり両者の差が縮まると、どうやって製品の差別化を図るかはビジネス上の深刻な問題になってくるかもしれません。東大将棋の定跡講座とか、柿木将棋のデータベースや詰将棋関連機能とか、激指5ストーリーモードとか、取り組みはいくつかありますが、思考エンジンの作り方にまで踏み込んだ例はまだないと思います。その意味で次の指摘は的を射ていると感じます。

やっと将棋ソフトの話になる。ここで冒頭の2ちゃんの書き込みを思い出して欲しい。ようは現在の将棋ソフトは強すぎるのだ。そもそもローエンドのほうが市場はでかいという大原則を思い出して欲しい。ローエンドのニーズはいったいなんなのかをきちんと考えないまま、ともかくハイエンドのさらに先を目指して突っ走っているのが現在の状況だ。この方向性で将棋ソフトを作っている限り、早晩オーバースペックに陥ってしまうだろう。というかもう既に陥ってしまってねえかと思う。

トップクラスの将棋ソフトの最高レベルに勝てなくても、激指とか東大将棋とかはそれなりに売れていてどうしてだろうと思うこともありますが、考えてみるとハイエンドが必要とする数以上に売れているのは将棋に限ったことでもない気がします。特に、将棋ソフトの顧客はお金を持っていそうな高齢者層が多いので、あまり考えずに「最高」のものに手を出してしまうというのはいかにもありそうです。(とはいえ、将棋パソコンみたいに露骨すぎるとさすがにうまくいかないと思いますが。)

しかし、そういう方向性から別に棋力の低い人を相手にしてもうまいこと指しこなせるソフトが出ればヒットするかもしれないというのは上の記事に対する反応を見ていて感じました。(個人的には、インターネット将棋で実際に人間と対戦すればソフトと対局しなくてもいいと考える人も多いのではないかという気もするのですが。)

ただ、現在のソフトにも棋力を調整するレベル設定の項目はあるわけで、そこから何を改良していくかが問題となります。

うまく負けてあげること、上達したと思える工夫、対人間でのランキング把握といったことこそが将棋ソフトの目指すべき方向だ。

「うまく負ける」というのが具体的にどういうことなのか今ひとつよくわからないところがありますが、コンピュータにそれをやらせるのは相当難しそうな気がします。個人的には、名人に勝つよりもずっと。少なくとも、格闘とか落ちもの系の対戦ゲームでもそういうことは実現していないと思います。

弱い人の棋譜をまとめて学習させればいいのではという話ですが、そううまくいくのでしょうか。Bonanzaとかではプロ棋士棋譜を学習に使ったという話は聞きますが、それ以外にも玉に近い金銀は高評価みたいな要素をたくさん組み込んでいるはずで、そのような局面評価全体を調整しないとうまくいかないような気がします。といっても、やりもせずに否定するのもおかしな話なのでうまくいくといいですねということにしておきます。ただ、コンピュータ将棋関係者でもそのようなことは言われていると思いますし、コンピュータチェスではすでに応用例があってもおかしくないと思います。私は聞いたことはありませんが、あまり詳しくないので知らないだけの可能性は大いにあります。

いずれにしても、そういうことに対処するにはまだまだソフトの強さ自体が不足しています。人間でもうまく負けてあげるためには相手よりもかなり上の棋力がないと無理なのと同じで、ソフトがうまく負けてあげるにはやはり相当上の棋力が求められます。ソフトが強いといっても、定跡を抜け出した直後あたりの中盤の局面ではまだまだ実力不足ですので、底上げのために現在のように強さを求める方針はまだまだ続くことになるでしょう。うまく負けるという課題はその先の中長期的目標という認識になっていると思います。

10月25日の将棋倶楽部24のMMORPG化は可能かに関連して書くと、将棋ソフトが改良されるべき課題として消費時間の超短時間化も挙げられます。MMORPG化のようなことをすると、クライアントマシンのスペックに左右されないように思考エンジンをサーバ側に置くことになると思われます。すると、思考エンジンは多数の対局を並列に処理することになりますので、1つ1つの指し手はミリ秒単位で決定しなければならないでしょう。現在は早いモードでも局面によってはもっと時間がかかってしまうことがあるので、そのような短時間でどこまでできるのかを突き詰める必要もあります。