堀口一史座七段が記録的大長考

本日放送された囲碁・将棋ジャーナルで知ったのですが、昨日行われた順位戦B級1組▲青野照市九段 対△堀口一史座七段の対局で、堀口一史座七段が5時間を超える記録的な大長考をしたそうです(正確な時間は聞き逃してしまいました)*1順位戦の持ち時間は6時間ですから、1手指すのに持ち時間の大半を投入したわけです。それが功を奏したのか、見事に堀口一史座七段がこの対局を制しました。

時間の記録@将棋パイナップルに様々な記録が掲載されています。持ち時間が現在よりずっと長かった戦後直後あたりではこれを超える長考もいくつかあったようですが、この中の13番目の書き込みによると、現在のような対局体制が確立された後では2001年6月の王位リーグでの金沢孝史四段による4時間46分が最も長い考慮だったようです。ただしこの対局の持ち時間は5時間だったので、総持ち時間に占める割合という意味では、金沢四段の記録の方が上ですね。

ここまで極端な長考になると、考えているというよりも逡巡しているという色合いが濃くなってくると思いますが、1分将棋でも指せるという自信があるからこそとことん時間を使えるのでしょうね。

10月4日追記

週刊将棋9月7日号には堀口一史座七段の次のようなコメントが掲載されています。長考が功を奏したというわけではなかったのですね。

「どの変化もダメそうなので、いろんな手を深く読んでいたら、アッという間に過ぎました。負けるなら、潔く指して負けようと思い△7六歩としたのですが、拾わせていただきました。」

ちなみに、同じく週刊将棋9月7日号によると、順位戦でのこれまでの長考記録は1974年の順位戦A級二上達也九段対加藤一二三九段戦(加藤勝ち)で加藤九段が30手目にかけた4時間10分だったそうです。今回の5時間24分という長考記録はこれを1時間14分も更新したことになります。

さて、この対局の詳しい模様が将棋世界11月号に掲載された河口俊彦七段の「新・対局日誌」に出ています。堀口七段が長考に沈んだのがこの局面。

後手の持駒:角 歩四 
  9 8 7 6 5 4 3 2 1
                                                        • +
v香 ・ ・ ・ ・ ・v玉v桂v香
・v飛 ・ ・ ・ ・v金 ・ ・
・ ・v桂 ・v歩 ・ ・v歩 ・
v歩 ・v金v歩v銀v銀 歩 ・ ・
・v歩v歩 ・ ・v歩 ・ ・v歩
歩 ・ ・ 歩 銀 ・ ・ 飛 ・
・ 歩 銀 ・ 歩 ・ 桂 ・ ・
・ ・ 金 ・ 金 ・ ・ ・ ・
香 桂 玉 ・ ・ ・ ・ ・ 香
                                                        • +
先手の持駒:角 歩  手数=55 ▲3四歩 まで 後手番

堀口七段はこの局面を研究済みだったそうで、長考するまでもなくこの先の変化は知っていたそうです。しかし、困ったことに研究の結論は後手不利。つまりどう指しても後手に勝ちがないのだそうです。

で、なにか変化する順はないかと必死に考え、そして五時間あまりも考えてしまった。しかし、後手有利になる順は見つからず、負けと覚悟して、△7六歩と前例のある手順を指したのだった。

そんな事情で、ここから次のように進行しました。

△7六歩 ▲同銀 △4九角 ▲6七金右 △7五歩 ▲2二歩 △同金 ▲4五銀 △同銀右 ▲同桂 △7六歩 ▲7一角 △8六歩 ▲8二角成 △6七角成

後手の持駒:金 銀二 歩四 
  9 8 7 6 5 4 3 2 1
                                                        • +
v香 ・ ・ ・ ・ ・v玉v桂v香
・ 馬 ・ ・ ・ ・ ・v金 ・
・ ・v桂 ・v歩 ・ ・v歩 ・
v歩 ・v金v歩 ・v銀 歩 ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ 桂 ・ ・v歩
歩v歩v歩 歩 ・ ・ ・ 飛 ・
・ 歩 ・v馬 歩 ・ ・ ・ ・
・ ・ 金 ・ ・ ・ ・ ・ ・
香 桂 玉 ・ ・ ・ ・ ・ 香
                                                        • +
先手の持駒:飛 銀 歩二  手数=70 △6七角成 まで

対戦相手の青野九段は堀口七段のそんな事情を知らず、その場の思考に基づいて応対しました。その結果が上図で、この局面は▲7一飛の王手にも△4一歩の合駒が利く形なので後手勝ちとなっています。ところが、途中で▲4三歩 △4一歩という利かしを入れてから上図に進めば

▲6七同金と取り、△8七歩成▲4二歩成△同歩▲7一飛で先手勝ちだった。つづいて△3二玉なら▲4一銀で詰むし、△4一同銀と合い駒を使うと、先手玉が寄らなくなる。

それでは、後手が勝てないと知っていてどうしてこの形に進めたのかという疑問が生じますが、それは謎のままのようです。

10月30日追記

AERA10月31日号(10月24日発売)に「驚愕の長考5時間24分 『脳力』の限界に挑戦?」という見出しの記事が掲載されました。長考といえばこの人ということで、加藤一二三九段のコメントが印象的です。

「長考しても負ければ意味がない。考えるだけならだれでも考えられる。その点、堀口さんは勝ったのだから見事。彼とは何局か指していますが、納得できない手は指さない真理探究型の棋士。勝敗に直結する局面だったので考えたのでしょうが、それにしてもよく考えましたね」

とはいえ、データを見ると長考した棋士が敗れることの方が多いそうですが。長考するから負けるのではなく、負けそうだから長考するのでしょうね。

ところで、この対局に関する堀口七段のコメントは次のようになっています。

「実はあの局面は以前、研究会で指したことがあって、後手の私の方がいいと結論づけていたんです。ところが青野先生に大事な順位戦でぶつけてこられた。何かあるんじゃないかと考えていたら、だんだん自信がなくなってきて、あっという間に時間がたってしまった。初めて見た局面だったらもっと早く指していたかもしれない」

最終的に予定通りの手を指したものの、迂回手順を選ぶ方がいいのか、何度読んでもよくなる手が浮かばず、迷いに迷ったという。

これは上で紹介した週刊将棋のコメントや「新・対局日誌」の内容と食い違っています。どちらが正しいのか、今のところよくわかりません。謎ですね。

*1:徒然将棋日記 9月3日付によれば5時間24分