羽生善治四冠の『決断力』

いろいろなページを見ていると『決断力』(羽生善治著、角川oneテーマ21)が好評のようです。アクセス数の多そうなページにリンクしておきます。

羽生善治四冠*1の著書はこのように将棋に関心のない層にもアピールできるのが特色です。私の場合は、このように「棋士が将棋以外のことについて語る」系の話にあまり興味がないので立ち読みしかしていません。

棋士のように文筆を生業としない人が著す本には、たいていの場合いわゆるゴーストライターが付いているというのはよく知られた事実です。本によっては「編集協力」というクレジットが目次の次のページの目立たない位置に入っていたりしますが、これがそのゴーストライターにあたります。その関わり方は、下準備を代行するだけだったり、口述筆記に近い形だったり、内容まで踏み込んで関わったりと様々のようです。

そんなことが関係したのか、7月28日発売の週刊新潮8月4日号に次のような記事が掲載されました。この『決断力』と、2000年に発売された谷川浩司九段の著書『集中力』との間に類似点があると指摘しています。

この記事で指摘されている類似部分の一例に以下のようなものがあります。

〈子どもにとっては「できた!」という喜びが、次の目標に向かうやる気をふくらませるエネルギー源になるのではなかろうか〉(羽生本)
 と記された箇所は、
〈子どもは、「できた!」という喜びを味わうことが、次の目標に向かうやる気をふくらませ、集中して取り組むエネルギー源になるのではないだろうか〉(谷川本)
 といった具合だ。

羽生善治四冠と谷川浩司九段はどちらも将棋界きってのスターであり、その主張にそれほどの違いはありません。本の中で2人ともが上記のような内容の意見を述べることは特に不思議なこととは思えません。それに上のような文章が『集中力』以前の本にあったとしても自然に思われます。問題があるとすれば、双方の表現が非常に類似していることにあると言えるでしょう。私はどちらの本もほとんど読んでいないので、他の部分にどの程度多くの類似点があるかわからないのですが、上の一文だけを見れば言葉遣いなどが似ていると感じられるのは確かです。

記事にも書かれているとおり、この2冊は両方とも「角川oneテーマ21」シリーズの1冊です。つまりどちらの本も角川書店から出版されています。角川書店は将棋の技術書は扱いませんし、題名が似ていることから考えても、角川書店は『集中力』の続編として『決断力』を位置づけていたのかもしれません。その角川書店は、類似性について次のようなコメントをしています。

「ご指摘の箇所は五年の歳月を隔てて、同一人物が著者の原稿をリライト、加筆訂正した部分と思われます」

つまり、角川書店は両者の本にゴーストライターがいることを認め、しかも同一人物が関わっていたとしているわけです。ダブルクラウンさんが「羽生本はあれか、口述筆記か? やけに口語体というか、喋ったままかかれている感じがする。」という感想を持ったのは、ある程度以上に正しかったことになりますね。

ゴーストライターは一般に評価されることの少ない仕事ですが、ゴーストライターとは何者か [絵文録ことのは]にあるように重要な役割を担っています。2冊の本に同一の表現があふれているとしたら、ゴーストライターとなった人(誰だか知りませんが)の能力が足りなかったということになります。しかし仮にそうであったとしても、通常は元の著者なり版元なりが抗議しない限り問題として表面化することはありません。今回の場合、谷川九段が文句をつけたという話も聞きませんし、版元は共通です。そう考えると、どうあってもこれ以上問題にされることはないのではないかという気がします。

いずれにしても『決断力』が多くの人に読まれ、好意を持って受け止められていることは事実です。だからこそ、このような記事を書く動機が生まれたのかもしれませんね。

*1:「羽生は今年の名人戦でも敗れたので、名人は森内であって(以下略)」というつっこみはきりがないので我慢します。