西條耕一氏の見た「瀬川問題」

週刊将棋7月13日号および7月20日号に掲載された「週将アマプロ平手戦」西尾明四段対加藤幸男アマの対局の観戦記の中で、読売新聞記者の西條耕一氏が瀬川晶司氏のプロ入り希望問題について詳細な言及を行っています。西條氏はこれまでも週刊将棋紙上などで繰り返し発言をしてきており、その言動が注目を集めています。この記事では、これまで明らかにされてこなかった事実も多く含まれているので、順を追ってまとめてみたいと思います。全部紹介することはできないので、関心のある方は週刊将棋を入手して直接ご覧になることをおすすめします。

発端は昨年末、そして年明けから実際の活動が始まったそうです。

昨年末、大学時代からの友人でアマ強豪の遠藤正樹さんと飲む機会があった。彼と親しい瀬川晶司さんが、プロの公式戦で15勝6敗(当時)という成績を残しているのにプロ入りの道がないのはおかしいという話になった。本局対局者の第17回アマ竜王、加藤幸男さんも同じ意見だった。

活動は年明けから始まった。瀬川さん、遠藤さん、加藤さん、山田敦幹さん、清水上徹さんなどアマトップクラスの錚々たる顔ぶれが10名近く集まった。瀬川さんを応援する会を月に2、3回開き、同世代の棋士を招いて、プロ編入の具体策を話し合った。

瀬川氏のプロ入り希望は単なる思いつきで言い出したことではなく、このような用意があってのことだったというのは、瀬川氏に対する見方を変える要素になり得るものだと私は思います。

この段階ではプロ入りへの道が開ける可能性は相当小さなものだろうと思われていたため、瀬川氏のプロ入りは周到に準備をした上で言い出す予定だったようです。ただし、その認識は全員に共有されてはいなかったのかもしれません。瀬川氏のプロ入り希望が初めて表に出たのは、2月3日発売の将棋世界3月号に掲載されたコラム「盤上のトリビア」の中ででした。これは(西條氏にとっては)予期せぬものでした。

ところが、2月3日発売の将棋世界「盤上のトリビア」を読んで驚いた。山岸浩史さんがこの問題について書いているのだが、インタビューを受けた瀬川さん自らが、プロ入りしたいと語っているのだ。

内容は実にインパクトがあり、同じライターとしては「うまくやられたな」という出来栄えだったが、瀬川さんのことを思って書かれたこの記事は、プロ入りを実現する上では明らかにマイナスだった。

銀河戦主催者など連盟のスポンサーから理事会に要望」という段階を踏んだ上で瀬川氏当人がプロ入り希望を言い出すというのが、西條氏の予定した手順でした。この「手順前後」により一部棋士の反対が強まってしまい、棋士総会で過半数の賛成を得る見通しが遠くなったと西條氏は振り返っています。理事選のある年だったため、プロ入りに賛成する棋士が理事として多く当選することにより望みが出るとはいえ、反対派の強硬意見にも根強いものがあったそうです。

4月中旬頃の情勢は、賛成者もかなり増えたとはいえ、反対派も根強く、賛成70、反対120ぐらいという状況だった。

さて、5月26日に行われた棋士総会では、理事の選挙を行うのが第一でした。今年の選挙は近年にない激しい選挙戦となり、立候補者が他の棋士に説明を行う会合も多く開かれたそうです。西條氏はそのような会合に出席する機会がありました。

5月26日の総会・理事選を直前に控え、立候補者が仲間の棋士を集めて政策を説明する会合を週に何度も開くようになった。私も何度も招かれ、嘆願書を提出している瀬川晶司さんにプロ入りの道を開くべきかどうか意見を求められた。

こうした会合は選挙前によく行われるが、記者が出席するのはきわめて異例。この問題への対応が、将棋連盟の将来にかかわるという認識が多くの棋士にあったからだ。

西條氏の意見は次のようなものでした。

まず、新聞業界が苦況にあるために「契約金の現状維持は難しい情勢になっている」という認識から始まります。これに加えて、瀬川氏の希望を却下して批判を受けると契約金下げが現実のものとなり、「一部の新聞社が契約金を下げれば雪崩を打ったように全社の契約金が削減される可能性がある」と西條氏は言います。単年度で1億円を超える赤字*1を計上している日本将棋連盟にとって、そのような契約金削減は致命傷となるでしょう。

次に、「プロより強いアマがいたのでは、新聞に掲載されない棋譜にまで契約金を支払う意味をどう説明するのか」と指摘します。

竜王戦を例に取れば、年間約3億4000万円の契約金は、連盟の運営費(職員の人件費や会館維持費など)に約7000万円が使われるが、残り約2億7000万円のうち新聞に掲載される棋譜に支払われる額は半分にすぎない。

このように指摘した上で、注記の中で「不採算部門をリストラする企業が多い中、連盟がこのシステムを維持したまま新たなスポンサーを見つけるのはきわめて難しい。新理事会の経営手腕が問われる。」と書いています。

この問題に対処するために、「瀬川さんにプロ試験を受けさせるのは当然」という流れとなります。瀬川氏が勝っても負けても、日本将棋連盟にとって損にはならない。また、このようなプロ試験によってトップアマに夢を与えることができる。そのような内容を、西條氏は会合で話したそうです。

そんなこんなで「「試験対局実施」を米長新会長に任せれば、斬新なアイデアで連盟の収支が上向くのではという思惑が、瀬川問題の追い風となった。」という事情もあり、5月26日の投票では予想を超える賛成票が集まるという結果となりました。

今回は、裏側でいろいろな動きがあったのだろうと思います。賛成派はそのようにビジョンを持って動いていたのに対して、反対派はそのようなまとまりがなかった結果賛成票が増えたのかなと、この記事を読んで感じました。この記事には他にも様々な論点が含まれていますが、それについては別の機会にします。

*1:義七郎武藏國日記: 話柄横溢によれば、1億3000万円