女流棋士独立問題 準備委員会、連盟理事会の応酬など

過去の記事・発言

ここまでの記事へのリンクが手際よくまとめられています。

「会長」というのは、もちろん日本将棋連盟会長の米長邦雄永世棋聖。「当時の」というのは、米長邦雄永世棋聖から女流棋士への「ご助言とご指導」があったとされる2006年春ごろのことです。米長永世棋聖は、理由は不明ですが、自分がウェブ上で書いたものを残しておかないことにしているため、このような検証の重要度は非常に高いと言えます。特に、2006年4月15日に更新されたらしき「将棋の話」の文章は、今だからこそ噛みしめて読みたいものです。

女流棋士新法人設立準備委員会の「声明」(2月20日付)

2月20日女流棋士新法人設立準備委員会から「声明」と題する文書が公開されました。このシンプルな題名からも、重大な決意が感じとれます。

私どもは,真実に反する様々な報道や論評・見解の表明が出まわる中にありましても,「対立よりも協調を」「相違点よりも共通点を」重視する立場から,日本将棋連盟理事会をはじめ関係者の皆様方のお立場を考慮し,あえて発言を控えて参りました。しかし,私どものこの「忍の一字」の精神が誤解や真実に反する報道を拡大させていくのであれば,それは私どもの本意ではありません。苦渋の決断ではございますが,やはり,これまで女流棋士を心から応援して下さったファンやスポンサーの皆様のお気持ちにお応えするため,私達が新法人設立にむけて準備をして参りました理由・経緯等をここにご説明させて頂くことに致しました。

この部分はおそらくは、石橋幸緒女流四段が2月2日に書いた「本来ならばこれまでの経緯全てを皆様にもご説明した上で、このようなお願いをしなくてはならないとは思っておりますが、様々な立場の多くの方々が関わって下さっていて、この将棋界は成り立っていますので、そこのところをご賢察頂ければと思います」という文と対照をなすもので、女流棋士新法人設立準備委員会が日本将棋連盟理事会と対立関係になってもやむを得ないという決断があったと読みとれます。その意味で、この声明をもって女流棋士独立は新たな局面に突入したと言うことができそうです。

この声明は、まずはじめになぜ独立かという疑問に答えています。

女流棋士日本将棋連盟の正会員ではなく,長年連盟の中での位置づけがはっきりしないあやふやな立場でした。平成元年に任意団体の女流棋士会を発足し、せめて自分達の処遇等に関し,情報を取得し,意見を述べること等を目的として,重要事項を決定する棋士総会での投票権,発言権などを毎年所望して参りましたが受け入れられず,傍聴の要望さえ受け入れて頂くことはできませんでした。

そのため,身分や処遇に関し女流棋士と男性棋士との間に存在する歴然たる差異についても,未だ解消されておりません。

私どもは,この現状を打破すべく,自分達のことは自分達で決めたいと切に願っているのです。

これが問題の本質であり、この動機が明確に述べられたことは大きな意味を持つと私は考えます。これについては後述します。

さらにこの声明は、独立の動きが本格化するに至る経緯について述べています。

  1. 「直接の端緒となった米長会長のご助言とご指導」
  2. 「二度にわたる総会決議と制度委員会の設置」
  3. 「制度委員会の報告と答申を受けての2006年12月1日臨時総会決議と準備委員会の設置」

そして、準備委員会が日本将棋連盟理事会と協議を重ねたわけですが、問題が持ち上がったのはその途中段階でのことだったようです。

ただ,途中,第2回正式協議(2007年1月11日実施)後、何の前触れもなく,理事会名義で全女流棋士に対し,事実誤認に基づいた文書が送付されたため,準備委員会がもともと予定していた女流棋士に対する第1回説明会を中止せざるをえない事態なども生じましたが,準備委員の指摘を受けて同文書が白紙撤回され,改めて双方の弁護士同席の上,第3回正式協議(2007年1月30日実施)が円満に行われました。

ここでの「事実誤認」の中身は不明ですが、2月10日にお伝えした中井広恵女流六段インタビューなどの中の「米長邦雄永世棋聖のホームページ更新」の項にある話に対応したものとなっています。

すべてが明らかになったわけではありませんが、日本将棋連盟理事会と比較して、ファンに対して説明していく姿勢をはっきりと打ち出していることは評価されるべきだと思います。

日本将棋連盟理事会のQ&A(2月21日付)

上の「声明」の翌日の2月21日に日本将棋連盟理事会が上の文書を公開しました。内容は「社団法人日本将棋連盟の会員の資格はどのようなものでしょうか。」という質問への回答で、これ単独では女流棋士独立と関連しない内容となっています。「(1)」という番号が付されていることから、これに続く内容が後日公開されることで完全な形になるものと推測されます。

当初このページのタイトルが「佐藤棋聖が「京都府文化賞」を受賞」となっていたことは、この文書が急いで作成されたのであろうことを想起させます。個人的な文章であれば時間がなくてここまでしか書けませんでしたということはありますが、公式文書が中途半端な形で小出しにされるのはかなり異例のことだと思います。

囲碁での女流棋士

将棋界の制度についての文書があったので、比較の意味もこめて囲碁界の制度を概観してみます。

将棋ファンの間でもよく知られているように、囲碁では女性の棋士も男性の棋士と同じ立場であり、棋戦での扱いも全く区別はありません。ただし、女流棋戦は女性のみの参加となりますので、その点については女性の方がより多くの機会を与えられています。

囲碁のプロになるには、日本棋院の場合は棋士採用試験で勝ち抜くことが条件となりますが、女性に関しては女流特別採用制度があり、ほとんどの女流棋士はこの枠から採用されています。

関西棋院ではそのような枠はありませんが、女性が少なくなったため、特別措置として2006年秋から「女流棋士特別採用試験」が実施されました。ただし、きちんと調べていないのですが、この試験で採用された女性はまだいないようです。

このようにプロへの入り口の段階で女性を優遇することは、ある観点からは不公平とも言えないことはないのかもしれません。しかし、検索して見つけたページで直接に囲碁について書かれた文章ではありませんが、次のページに書かれているような「むしろ多めに採用するくらいでないと本当の女性の登用にはつながらない」というような発想から特別採用という制度ができてきているのだろうと私は思いました。

将棋の女流棋士が独立すれば、対局場は日本棋院の会館になる手はずのようですので、囲碁女流棋士との交流が増えると思われます。羽生善治三冠が指摘したというとおり少数派は少数であるというだけで不利になりがちですが、そうした不利感をあまり持っていない囲碁女流棋士の感覚に触れることで良い影響がもたらされるのではないかと期待したいところです。

『将棋界の事件簿』によると、現在の将棋会館の建築中、日本将棋連盟のプロ棋士の対局は日本棋院の所有する建物を借りて行われていたそうで、時代を越えた協力関係が成立することになるのかもしれません。

2月24日追記

上で特別採用の女流棋士でも棋戦の扱いに違いがないと書きましたが、くろだまさんからコメントでご指摘いただき改めて調べたところ不正確であることがわかりました。(上記の規定は2000年度のものです。その後何度か改定が重ねられていますが、ここで関連する部分での変更があったという記述は見つかりませんでした。)

日本棋院の女流特別採用でプロになった棋士は、棋戦への参加や昇段条件では通常のルートでの棋士(正棋士)と同じですが、報酬などの待遇面で違いがあります。例えば以下のような点です。

  • 対局料は棋戦初戦のみ半額
  • 席次は同段位の正棋士より下
  • 評議員権は付与されない

四段に昇段するか、棋戦で特別な成績を挙げることにより、特別採用の棋士は正棋士に格上げとなります。現在の基準では、指定された棋戦でプロ入りから累計120勝すれば確実に四段になれます。

女流棋士新法人設立準備委員会から日本将棋連盟理事会あての文書(2月22日付)

日本将棋連盟理事会が2月21日付で「女流棋士の皆様」にあてた文書に関して、女流棋士新法人設立準備委員会が抗議の意を表する文書を日本将棋連盟理事会あてに送付したようです。

2月21日付の文書は「理事会の見解を述べます」として、女流棋士の独立に関して主に「独立後の既存の女流棋戦の対局権利」についての日本将棋連盟理事会の見解を述べています。

理事会は女流棋士の独立については一人一人の方の良識と総意を尊重します。さて、多くの方々から問合せのあります独立後の既存の女流棋戦の対局権利につきましては、100%近い方が独立される場合には将棋連盟は棋戦の全ての管理と運営を新法人へ引き渡す用意があります(棋士総会の承認が必要)。この場合、将棋連盟に残られる女流棋士の対局権利につきましては、新法人となる団体と協議いたします。

「総意を尊重」という言葉を普通に解釈すると、女流棋士会の議決を尊重という話になろうかと思います。しかし、それに反して女流棋士会の議決に従わない会員が生じることを前提としたような物言いは矛盾しているのではないでしょうか。さらに言うなら、100%近い(というのがどの程度か不明ですが例えば90%以上とか)割合でなくても、名人戦問題のときの票決のように反対した人も結果を事後的に尊重することになっていれば問題はないはずです。そうして見ると、日本将棋連盟理事会は女流棋士会を決議機関と見ることを拒否しているのだろうと推測していいのでしょう(たしかに、女流棋士会の決議の有効範囲を明記した文書が日本将棋連盟内に存在しない可能性はあると思います)。それが意識的か無意識的かはわかりませんが、どちらにしても「声明」の中にあった「自分達のことは自分達で決めたい」という希望は正面から否定されていると受け取って良いのではないかと思います。日本将棋連盟理事会が「女流棋士の一人一人の権利」という言葉で指し示そうとしている具体的内容を明確にすることがあれば、対立構造はもっとわかりやすくなることでしょう。

もう一つの疑問は、棋戦を新法人へ引き渡すという部分について、棋戦の主催社の承認が必要と言及されていない点です。当然ながら、棋戦の主催社は棋戦の運営に関して発言権を持っており、はっきり言えば日本将棋連盟理事会よりも強い立場にいます。そう考えると、日本将棋連盟理事会ができることはこの文書に暗示されているほどは多くなく、現在の契約期間が終了するまで(おそらく多くて3年)の間は契約を維持すると主張するのができることだろうと思われます。

問題はスポンサー側がどのように考えているのかです。このような一連の文書を見てくると、日本将棋連盟理事会は独立を阻止しようとして働きかけを行っているのかもしれないと思われてきます。ただ、そんなことをしても、誰にとってどのような得があるのか私にはさっぱりわからないというのがこの見立ての弱いところです。女流棋士が独立と残留で分裂したら明らかに最悪ですし、かといってここまで来てから独立が失敗しても女流棋士という職業の魅力が限りなく薄れてしまうことは目に見えています。もともと、女流棋戦は基本的には独立採算で運営されているはずで、それが独立して日本将棋連盟の手を離れても男性棋士に大した痛手はないと思っていたのですが、外からうかがいしれない事情があるのかよくわかりません。

さて、日本将棋連盟理事会によるこの文書に対して、女流棋士新法人設立準備委員会は反発しています。「しかし、最近の理事会の文書を拝見すると、正反対ともとれる言動があまりにも多く、もしかすると女流棋士の独立に反対していらっしゃるか、或いは敢えて分裂を望んでいらっしゃるのではないかと疑問に感じております。」という内容で、私も同じ意見ですが、そんなにストレートに書いていいのだろうかという感想はあります。内容はわかりやすいので、それはそれで好感は持ちました。

米長邦雄永世棋聖の日記(2月22日付)

動物園 投稿者:米長邦雄 投稿日: 2月22日(木)17時38分10秒

午後は将棋会館へ。
「えっ? 犬がクマに咬みついたってトラが言ってた」
なんのこっちゃ。
新聞のニュースになりそうな面白い出来事です。

午後2時から理事会。
やる事が多すぎるうえに、女流の一部のために頭を悩ますことが多いです。
週末(土)にHP更新しますから、じっくりと女流棋士の方々も読んでちょ。

2月24日に更新があるとのことです。私は日本将棋連盟公式サイトの文書の方を更新してもらいたいのですが。

しかし、最近口癖のように書いていた「全て順調」という言葉がなくなりましたね。と書いていると、また出てきたりするわけですけども。

青野照市九段のコラムと私の雑感

ここで、取り上げるのが遅れてしまいましたが、2月16日発売のNHK将棋講座3月号に掲載された青野照市九段の「将棋よもやま話」でこの話題が扱われています。この雑誌は原稿の締め切りが早いようで、書かれたのは今から1カ月から1カ月半前と思われます。

青野九段は「私自身は独立が決まれば応援してあげたい気持ちが強い」とした上で、次のように書いています。

しかし、ちまたで言われる(一部の女流棋士も思っているかも)、「男性棋士には給料が出るのに、女流棋士には出ない」などは事実が理解されていない。

男性棋士の給料だって、実際は名人戦の契約金を対局料としてではなく、毎月給料形式で順位戦のクラスの格によって支払い、足りない分を各棋戦から少しずつ補てんして“本給”という形にしているのだ。

ゆえに女流棋戦の契約金の総額では、給料形式にできないのは当然。それどころか将棋連盟は、棋戦の契約金の一部を運営費に回しているが、女流棋戦でそれをやると、それでなくとも多くない対局料がさらに少なくなってしまうので、補てんしているのだ。

このあたりの記述は、12月3日付の新聞記事にある「この6棋戦合計で契約金は推定7000万円にも満たないといわれる。連盟が事務経費などを取るため、女流棋士に渡るのは5000万円(推定)以下」という話と不整合なのですが、本当は経費が2000万円では不足なところをこの金額にとどめているという解釈をすればよいのでしょうか。ちなみに、「将棋ビジネス」考察ノート:収支計算書データをアップするにあたりから求めると、男性棋士への支出は合計13億円弱です(2003年度)。

青野九段はおそらく理解があって書いていると思うのですが、根本的な問題はこの7000万円という金額を決定する過程に女流棋士自身が直接には関われない構造になっている部分にあります。女流棋士が努力してこの金額でしたということなら受け入れる気持ちにもなれるかもしれませんが、増加の余地があるはずなのに(私はそう考えています)外からいきなり金額を押しつけられるのが嫌というのはわかります。独立すればこの点は解決されるというわけです。

女流棋士の収入が低いのは実力が低いからだという話は繰り返しされてきました。しかし、男性棋士より女流棋士の収入が低いとしても、どの程度の比率が妥当なのかという議論はほとんど行われていません。通常であれば契約相手との交渉によって順当な線に落ち着くという話になるのですが、女流棋士はその過程に関わる権利がないために実情よりも低い相場に甘んじているという見方は決して不自然ではないわけです。権利が直接収入をもたらすわけではないとしても、それらは密接につながっています。

もう一つ、日本将棋連盟の収入の使い道は基本的に日本将棋連盟自身が決定します。中でも棋士間の配分は重要事項の一つです。例えば、順位戦に参加している棋士には生活していける程度の収入が保証されるというようなことが、日本将棋連盟の意志として決まっているわけです。女流棋士に支払われるのは女流棋戦からだけという決定もその一つです。つまり、5000万円という金額は、日本将棋連盟女流棋士に対して下した金銭的評価でもあるわけです。

日本将棋連盟に勤務する職員であれば、給与額を自分で決める権利はもちろんありません。ただしそのかわりに労働者としての基本的な権利が付与されています。女流棋士日本将棋連盟に雇用されているわけではないので、そのような権利はありません。このように考えると、女流棋士が置かれた立場は非常に低い位置にあることがわかります。多くの女流棋士は対局料が年間100万に満たない額ですが、全体の額を増やすことでそれを増加させる努力をする機会は女流棋士会には認められていない言ってよい状況です。かといって、何もせずに増える見込みもありません。

ただし、このような低い立場が独立という思い切った選択を可能にした側面は見逃せません。もともとの立場が低いですから、女流棋士は失敗を恐れずにリスクの高い選択肢も選べる環境にいます。また、将棋界にとって女流棋士は欠かせない存在になっていますので、これ以下になるということも考えにくいと私は思っています。今回のような対立関係は不毛でしかありませんが、上のような理由から女流棋士会側が折れる意味付けは考えにくく、譲歩(という表現もおかしいですが)するとしたら日本将棋連盟理事会側になるのかなと思っています。あとは、棋戦の主催社側がどのように見ているのかですね。日本将棋連盟理事会がどのような主張をし始めるか私には予測できませんが、最終的に鍵になるのは主催社であると思っています。